猫の耳は上についてる

断捨離というものが流行しているね
私がこれをここで書いたから
読んだあなたは
それが流行しているとインプットされた
そのように連鎖するのが
因縁生起といわれるものだ

だが根源はどこなのだろう
つまり断捨離の発案者
それは確かにいる
著書を出した人かもしれないし
その人の母親かもしれない
じゃあその母はどこでそれを学んだ?
テレビかもしれないし
マンガかもしれない

何にしろ
すべては起因らしい起因に繋がり
その先を突き詰めていけば
どんどん「断捨離」はぼやけてくる

まるで霧のようなもの
そこにくっきりと「断捨離」は見えないけども
そのニュアンスは確かにある

そしてその逆側
つまり断捨離のなれの果て、未来の側だ
そちらもぼやけている
だが余韻は残っている

こんな感じで何事も概念のピークがあって
そのピーク以外は
別の概念だったわけだ

もともと違うものが別の角度からフォーカスされ
なにやら価値のあるものになる

そのように物事を考えていくと
あなたも
あなたの身の回りも
あなたの人生も
すべてが可能性を秘めていることがわかる

少し難しいかな

部屋でエイフェックス・ツインが流れる
飼い猫の眠る姿がかわいい
パイン材のテーブルトップにMacと
革財布が無造作に置かれる
少し安物のワインをビンのまま飲んで
今度妻と向かう予定の美術館をチェックする
その合間にこの文章をタイプしている
そうして私の時間は流れている
言葉にすれば少々気取りすぎてるね
だが私にとってはいつもの光景だ

あなたは何をしているのだろう
時間的に風呂上がりかな
テレビを見終わった後かな
明日から会社が始まるから
本書をチェックしにきたのかな

何にしろ
私たちは生きている

家の近所の通称「猫公園」の
野良猫たちも元気だよ
今日もたくましく生きていた

意識を現実という面倒事に向ければ
色々なピースが組み合わさっていく
それはあなたも私も
仏陀もイエスも同じ

少しばかり「心の世界」を知っている人は
それに囚われない方法を知っているに過ぎない

YouTubeで学生の頃よく聴いていた音楽を
探してみる
瞬時に当時のハートが蘇る
昔と同じ事をしても
イマイチ盛り上がらなかったのに
ちょっと音楽を聴くだけで
気持ちは当時に戻る

だからすべてはハートなのだ
あなたが若い気持ちでいたいなら
ハートを取り戻せばいい
あの頃何がしたかった?
それをいまやればいい

世界にはあなたしかいないのだ
ぜひやるべきだ

あなたがまだ若いなら
どんな夢がある?
それを楽しみなさい
もし手中に収めることができなくとも
それを目指したあなたは確かにあった
それが最高なのだよ

何がどう転がろうが
どうとでもなる
それが人生だ
オヤジ臭いがこれだけ生きていれば嫌でも学ぶ
近所のおばあさんに聞いてみなさい
「何をして生きたらいいですか」とね

彼女達は必ず同じことを言う

「好きなことだけやりなさい」

何も不安になる必要もないし
失敗すら成功だ
こんなに楽しいものはない

あなたが何かに追われ背負い
いろいろ面倒事になっているとしても
そんなの屁のようなものだよ

あなたが捨てないだけだ
その屁理屈を捨てない限り
あなたはネガティブになる
自殺を考える

くだらない

どうせ死んでもまたやってくる
そして本書を読む

そんなものだ
あなたの好きに生きなさい
そのためにそこにいるのだよ
そのためにその世界があるのだよ

誰の目も気にせず
あなたがすべてを見るのだ

あなたが見て
あなたが聞いて
あなたが触れる

そういうことをやりなさい
明日人と関わるとき
「私は自分の目で見るのだ」と
思い出しなさい
何かに書き留めておきなさい

相手の視線とか
こう思われてるんじゃなかろうかとか
そういうことを超えなさい

あなたが見るのだ

それだけであなたの人生は変わる
ドラッカーもマーフィもいらない

私もやりたいことをやって生きている
多くの人の死を見てきたが
そこから学んだのは
悲しみとか感傷とかではなく
私もいずれ死ぬということだ

実に当たり前でくだらないことだが
我々のマインドはそれを退けてしまう
あなたは今日どれだけの後回しをした?
それがその答えだ

やりたいようにやりなさい

 

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