信じる力が自分を救う(中編)

前編からの続きとなる

探求のなかで感得した
「理由のない確信」が人生を変える鍵となった
というところからだね

その確信が得られるまでに
これまで別の手記などで話したことのある
諸々の出来事が並行している

体はさらに自由が利かなくなり
看病していた親族の葬式や
その後の親族間のトラブルが長引いたり
自宅で強盗に出くわしたり
仕事もやはり綱渡りに変わりはなく
完全に世間に首を掴まれたままだ

もちろん生活は崖っぷちだった

私は暮らしを支えるために
いくつかのアルバイトを掛け持ちしながら
己が存在している意味を探し続けていた

アルバイト先で関わった人々は
各々の人生の交差点として
互いに通り過ぎただけだったが
そこにも示唆があった

あとではっきりとわかることだが
こうした新しい人々や環境の出現とは
私自身がそこに現象化されているのだ

「そのように見ている世界」が
いつもここに現れているのである

 

7.時を超えて流れ続ける光

その頃の私は成功することや
抱えている問題を解決することは頭になく
また自己啓発などのように
肯定的な何かに向かうようなものにも
目を向けてはいなかった

図書館に来ては
この長い歴史を彩り続けてきた
「人間」というその不思議な何かについて
だけを追いかけていた

死への覚悟は固まりつつあった

それは絶望からではなく
それまでの抵抗心が
薄れてきていたからだ

つまり最も拒絶していた対象である死を
肯定的にみるようになっていた

そうなっても仕方ないかな、と
その時が来たら家族にまっすぐ話そう
と思っていた

諦めといえばそうかもしれないが
放棄的なニュアンスとは違う

探求の月日が経過していくなかで
感得していた「理由のない確信」とは
「死んでも大丈夫だ」という
確信でもあったからだ

つまり書かれている文書や
研究している何かの正しさなんて
どうでもよかった

開いた書物を眺めて

「ああ、400年も前に
こんなこと考えてたんだ」と

ただ彼らの歩いた軌跡を受け入れて
それを認め続けるだけの作業をしていた

中学生あたりから家の問題を抱えていて
現実は常に深刻なものとして
目の前に現れていた

学校では級友たちが
とても幼稚にみえていた
だけどもそんな私を教師たちは
面倒な生徒だと感じていた

それは社会に出ても変わらない
私は誰の話もくだらなかった
そのせいでどの職場に入っても
いつも私だけが部外者だった

得体の知れない何かが
心にずっと引っかかっていて
それが気になって
素直になることなんてできなかった

素直さというものさえ
それが何であるのかがわからなかった

そんなふうにして私は生きてきた

だが図書館で人々の史実をみる私は
本当に久しく「遊んでいる」という
感覚に浸っていた

長い間その感覚を忘れていた

遊ぶという感覚
だがそれはやるべきことを放り出して
無駄に時間を過ごすということではない

そこを取り違えていたから
私は素直になれなかったのだ

つまり遊ぶ感覚とは
ずらりと並ぶ深刻な物事から離れて
それらが立ち並ぶテーブルそのものに
立ち返るということだ

その自由の観点を持っていること
それが思い起こされた懐かしい感覚だった

これまで私の目はずっと縛り付けられていた
眼球を固定する器具で
生々しい現実を直視させられていた

だが幾度となく人類史を
大局的に眺めていたことで
自分自身を客観的な存在として捉える術が
知らずのうちに養われていた

その人がどれだけ苦悩しようが
人類は続いている
ここで個人の狭い世界をみてはならない
そうではなく、なにかが続いているのだ

それに気づいたとき
私に関わるあらゆる深刻な事態が
自分の手のなかで小さなキューブとなって
回転しているように感じられはじめた

その回転を浮かべている空間
その自由なる領域が死だった

死とは何であるかがわかった

それは少年時代の日曜日の早起き
静かな朝の世界
あの広大無辺な全一性だった
自然は私を含めてひとつのなにかだった

それが死だった

そうして神学、哲学、宗教、魔術書やら
その書かれている思想を通じて
作者やその時代を感じ取っていた

同じ大地を歩いた人間として、、

彼らの書物を読むことで
同時に私の気持ちを
聞いてもらっているような
そんな気がしていた

あなたたちが苦しかったように
俺もどうしていいかわからない

勇敢に生きたあなたたちの
その温もりを与えてほしい、と

彼らが執筆に込めていたその情熱を
汲み取ろうとしていた
書かれた内容ではなく
書こうとしていた意志を感じたかった
もう一度あの「死」へ戻りたかった

いつからだろうか、
字面の向こう側に
何かを感じられるようになって
それが私のなかを満たすようになっていた

つまりそれが理由なき確信だった

文字は紙のうえに印字されただけであり
しかも日本語に翻訳されている

何を感じたのだろう
印刷会社、出版社、翻訳者、
それとも数百年前の遠い国の作者の思念?

いいやそういう個別のものではない
人類全体を貫いて
私にまで到達している何らかの力

命がけでそれを書き残した作者だけでなく
関わった人々を貫通して伝わってくる
波のようなもの
まばゆい光

言葉の向こう側にひろがる
包まれる何かを感じていた

ただただ安らぎであり
時間の止まったような
不思議な空間に入り込んだ感覚が
席に座る私を温かく包んでいた

いまはその「扱い方」は知っているけども
そのときはただ不思議な感覚であり
「ああこれが神なんだ」と思っていた

その正体は人類が経験してきた
優しさや喜び、情熱、愛情といった
「人間の温もり」であり
そしてそれは
人類を貫いて連続し続けている
「ひとつの意志」がもたらせたものなのだ

私が自らの心のうちに積み立ててきた
偽物の生という壁が崩れ
見渡す限りの
死という小麦色の平原が広がったとき

悠久の時を超えて旅を続けているその光が
その太陽が

私のなかを通過したのである

 

8.意志の力

もう少し具体的に書いておこうか

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