第七の鍵

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手も足もでないような事態
人生の問題を抱え
真っ暗闇を泳いでいる人が
もう限界だと悟ったとき

「急に目の前が明るくなったんですよ」
そう話すことがある

いいかい
彼の問題は解決していない
もちろん解決をしようと
様々なやり方を考えてきた
ゆえに関わる人々や物事など
多くの対象を作り上げ
それらに意識を費やしてきた

問題を”解決する人”は
解決したことで明るくなったと錯覚する
だがすぐにまた闇の中に落とされる
別の問題やらを連れてくる

明るくなったのは
解決が実ったからではないのだよ

暗い部屋で明かりを着けると
闇は光と入れ替わるように消える
そのように瞬時に
意識に炎を灯すことのできる鍵
それを渡そう

第七の鍵─

「他人に合わせて生きない」

いかなる時もこれを唱えてみなさい
誰かと関わるとき
人間関係以外の問題があるときも
ただ外を歩いているときや
ショッピングをしているときでも

この鍵はとても強力に
意識の昇華を起こしてくれる

つまり他人や社会を基準とするのではなく
自分の視点で生きるということ

「あの人は優しく接したら図に乗るし
厳しく接したら陰口を叩いてくる
どう接したらいいのだろう」

この疑問が起きている時点で
あなたは他人に囚われている
そこから解決を探そうとしているが
どうあろうが解決とは
その他者の”さじ加減”となる

人間関係以外の問題もそう
すべては「解決できた」のではなく
流れた結果を受け取ってきただけのこと

あなたにとって好都合であれば
それは解決となるし
そうでなければ未解決のままだ

そうではなく
環境を変えず視点を変える
つまり在り方を
あちらから”こちら”に変えるとき
意識に炎が灯される

あなたは一切の解決をしないまま
ネガティブを脱ぎ落とすことが
できるようになる

「他人に合わせて生きない」

そのように己に刻むとき
その目は研ぎ澄まされたものになる
視界の一点を深く射つようになる

覚えておきなさい

すべては循環している
つまり問題は放っておいても
成るべき姿に成っていく
その諸行無常に意識を奪われると
あなたはバラバラになる
物事は無数に流れているからだ

川に浮かび流れていく無数の落ち葉
それらに同化してはならない

川辺に座って流れを見ている者、
つまり主体に意識を置くのだ

私が歩き
私が話し
私が楽しむ

自己中心的になれということではない
間違えてはならない
そのように捉えている時点で
他者を意識している
“あちら”に意識を灯している

自分の視点を生きるのだよ
どんなときも
そうでありなさい

他者は実在しない

あなたが意識を主体に向けるとき
視界が明るくなる
モヤが消えたような感覚を知るだろう
意識を向ける先を変えるだけだ

「他人に合わせて生きない」

そう決意しなさい
いまそこで表明しなさい

それは自分の足で立つことを意味する
あなたは解放される

 

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  1. A より:

    自分さんこんにちは。
    最近はなんだか自分さんへの質問もあまり無く、ただ自分の心の中が出した外側を意識していました。
    友達との食事、海、変わりばえしない会社の日常。
    今日は同化はしなかったけど、ちょっとした事で自分は必要とされていなくて、役にたっていないと感じていました。相手は諦めてるみたい。
    私は必要とされていない事が怖くて今まで必死に努力してきてたなとか、役にたってない自分なんて有り得ないと必死だったなとか思って、そこから離れる事が出来て確かに軽くはあるけど、不安もないけどとても虚しい気持ちが出てきました。
    必死か、虚しいかの違いで、虚しいからタラタラ感情を書いてみました。昔のどこかの感情が出てきたり、今の感情が出てきたり。

    他者に合わせて生きない

    他者はいないと腑に落ちてきたから、他者から受けた虚しい気持ちと言うよりは、自分の内側にある虚しい気持ちが出てきたと見方?が変わってきたけど、自分の内側が現した虚しさもまた、なんとも言えないですね。
    他者はいないと腑に落ちたと言いながらも、今日同僚が毎度立てるコップとスプーンの擦れる音に、相手を気にせず嫌だと言いたかったのに言えなかったんですがね…
    この同僚が悪いとは思わなくなりました。何かの心の動きがきっかけで、この同僚はスプーンを擦る音を立てるのかもしれない。

    • -自分- 涅槃 より:

      Aさん

      出来事は避けられない。コップとスプーンの音はそこに確かに起きた
      。そしてそれを望ましく思わないあなたがいた。それらはそこに「あった」のだ。

      そしていまそれを思い出して虚しくなっている。その「虚しさ」も、ただそこに「ある」のだ。

      つまり出来事もあなたも「あなた」ではない。他者はいない、ということはあなたもいないのだよ。日頃自分だと思っているものは、あらゆる外側が集まったもの、つまりそれは他者であり、単なる出来事のひとつに過ぎない。

      大事なのは「出来事」や「他者」がそこにいるということを、なぜ知っているのかということであり、その知っている者があなたなのだよ。

      知る者がいるから、すべてはある。あなたが知らなければ、それはない。

      だからね、あらゆる「シーン」を映画を見ているように楽しめば良いのだよ。将来どうなるか、とか、相手はどう思ってるだとか、そういうことを考えているその登場人物を楽しめばいい。

      あなたが見ているから、それらは見られることができるのだ。彼女は同僚に「その音やめて」と言うときが来るかもしれない。ならばそれを眺めていなさい。虚しさに包まれているなら、それも眺めれば良い。

      彼女はそこでごく自然にやっているのだよ。

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