名のないプール

並べられた遺影を見ている
確かに彼は私の隣に座っていた
料理のちょっとしたコツや
テレビで覚えた冗談をよく話していた

その横の写真の彼女は
車の助手席に腰掛けていた
病院に向かう道中で
いろいろな話をしたものだ

死とはなんだろう
彼らが何かを伝えようとしている

死と昨日は何が違うのだろう
彼らが何かを指さしている

いま鼻腔で感じた線香の匂いも
足の裏が地面を捉えた感触も
すでに過ぎていった

体験とはいつも記憶の中だ

ならば記憶の中の彼らと
その死は何が違うのだろう

私はいったい何を見ているのだろう
ここはいったいどこなのだろう
彼は教えてくれる
おまえも死んでいるのだと

人間的な解釈のすべては
事実をオブラートに包んでしまう

ずっと夢を見ているのだ
世界はいつも過ぎ去ったものでしかない
私は記憶を見ている
記憶の中で暮らしている

行きつけのカフェも
近くの森林公園も
そして目の前で笑う妻も

去っていった一瞬ごとの映像が
ここに映し出され体験として残る

だから世界にあるものはすべて
大切にするべきなのだ
実際そこには何もないのだ
感覚器官のすぐ側で蜃気楼のように
立ち上がっているだけ

真実の本性とは「無意味」である
名のないプール
何もない水の中
ゆえに人は物事に意味を与えてしまう
意味を与えることで
自我が生まれてくる
意味と自我はワンセット

つまり生とは意味を与えること、
すなわち自我のはじまりのことであり
死とは無意味に帰すること、
自我の消失のことなのだ

水を手で囲って内容をつくる

・これは切ない気持ち
・これは辛い気持ち

この偉大なる、”無意味な”思い出作り
確かに馬鹿げている
ジョークといえばそうだ
だがそれをやめたら何があるのだろう?

本当はすべてに意味はない、その前提の上で
多くを作るべきなのだ
多くの体験をしていくべきなのだ

それが人間の持つ創造性というもの
創造主と呼ばれる神の姿
目的や体験という意味を与え続けて
そこを歩むのだ

それだけが存在を感じられることであり
そしてそれが道である

 

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  1. より:

    苦悩や恐怖に意味や理由を与えれば心が苦しい。だが、身体は苦しまずに済む。
    意味を与えず客観視すれば身体が苦しい。胸が痛い。
    わかりやすいところでは失恋由来の胸の苦しみも、恋を楽しんでいる時の胸の苦しみも本質は同じ物。自分がどんな意味を与えるか次第で苦にも楽にも変わる。
    きっと生きる事に意味など無いのかも知れない。それでも人は救い

    を求めてしまう。

    • 自分 -涅槃- より:

      Rさん

      すべてはあなたの中に起こっている
      あなたの存在すら
      あなたの中だ

      このトリックを見破るとき
      あなたは一切の苦悩から放たれる

      そこには
      求めるものなどないのだ
      なぜならば
      そのすべてが
      あなたから投影されたものであるからだよ

      詳しい解釈を
      新しい手記で書いてみるよ

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