ネガティブな感情から逃れたいなら(2)改訂

前回からの続きとなる。思考から離れるには思考を”考える”ことだ。思考に浸かるということではない。それを対象として捉えること、思考について”何かをしようとする姿勢”が、思考との距離を作り出すことができる。つまり次々と頭に浮かぶ言葉を「読むこと」にある。

人は頭に流れる言葉を自分の声だと思い込んでいる。たとえば通りを歩けば多くの人々がいる。みんなどこへ行くのだろうとか、自分もちゃんとやらなきゃとか、人々を見た瞬間にすでに頭の言葉に取り憑かれている。

だが「みんなどこへ行くのだろうかと思う私」を”見ている”という捉え方をすると、思考から距離を置くことができる。この二段階的な見方が定着すると精神や肉体というものが、周囲の影響に沿ってただ動き続けていただけのものであることがよくわかる。それは反応的、自動的なものだ。

与えられた自由

ゆえに頭の言葉に囚われたままで生きてしまうと、生は自由とはかけ離れたものになる。「自由意志はあるのか」という議論ですら、不自由な中で生み出された頭の言葉であり、その問いにより導き出された自由は、まったく自由ではない。

つまり環境に埋没してしまうのだ。魂は絵の中に描かれてしまう。人間関係、経済状況、ライフスタイル、そこに置いてある一冊の本でさえも、あなたを縛り付ける。自由を奪い去ってしまう。だから言葉(思考)は自分ではないことを知り、その見えない鎖から解き放たれなければならない。そうでなければ人生を変えることはできない。

頭の言葉から離れるとき、言葉を自在に操ることができるようになる。つまり思考や感情の選択が可能となる。だがそれは「何を選ぶか」ではなく、選ぶことができる状態にあるという「自覚」を手にすることができるということだ。自由とは世界に探すものではなく、自分自身が自由であることを「見出していること」にあるのだ。

道は無限に目の前にあるが、あなたはいつも決まったルートだけを歩んできた。だがその盲目性が消滅し、不幸は誰のせいでもなかったことに気付くのだよ。

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