解放されるということ

解放という言葉がよく扱われる

誰もが現実に少なからず苦悩している
そのしがらみから抜け出したい

そこでお金や他者といった現実から
解放されるための方法論として
神社やお寺で手を合わせたり
スピリチュアルに取り組んだりするわけだ

うまくいきますようにとか
悪縁が切れますようにとかね

だがその意味での解放であるならば
経済学や社会学の研究をするべきだ
ビジネス書なんかも役立つだろう

大いに応援するよ
私もいろんなことを知ってる

だけどもスピリチュアルや
宗教で言われる解放というのは
そうした苦悩を抱える
己自身を解放することであって
現実攻略の方法論などではない

心に抱えている執着を落として
その物事に与えている意味を葬ることにある

つまり現状には一切手を加えようとせず
捉え方を変えるということだ
だから「主観性を取り戻す」ということが
第一のステップとなる

他者であれ患っている病気であれ
物事を「自分から見ていく」ということだ

 

1.

もちろんあなたはその苦悩のなかで
「これ以上なにを見ろというのか」と
言うかもしれないが
それは自分の目で見ておらず
他者や社会の目に映るものをみている

つまり物事そのものを見ず
「こうに違いない」と断定した物事の方から
自分を見ているにすぎないのだ

あなたは世界がまるで見えておらず
世界に振り回される自分ばかりが見えている

「自分」はそうして出現する

だから逆なのだよ
その逆に立ってはじめて物事から解放される

自分から見るというのは
自分から物事の意味を自由に取り替えていく
ということにあるからだ

外から見える自分に閉じ込められるのではなく
その外そのものを見るわけだから
「自分」は世界を映すレンズでしかなくなる

迷う自分はどこにもいない

人々が語らう様子
お金や出来事が回り続けて
街が世界が動いている様子

心臓が音を立てている様子
呼吸によって大気とひとつにある様子

そうして「ただ動いているなにか」を
眺めているとき
意味の拘束から解かれた自由に到達する

 

「でもそんな勝手に
物事の意味をかえてしまっていいの?」

そう感じるのは
固定された意味に囚われているからだ

自由に取り替えていいのだよ

なぜならこの世のすべては
そもそも意味など持っていないからだ
そればかりか意味を取り払えば
その対象自体が消えてしまう

つまり意味を与えることで
それはあるのだ

解放というのは
執着している己の心を解放することであり
そうして一旦すべてを無に帰すること

そうして新たに自分なりの意味を
すなわち望みの世界を創り出していくことにある

 

2.

さてここである発見が起こる

先にあげた現実打破への方法論、
たとえば恋愛や対人関係の攻略法
またはお金やライフスタイルに関する
様々なアプローチ

そうした「手段」の
本当の使いかたに気づくようになる

これまで現実を解決するために
それらに手を伸ばしてきたけども
そうではなかったのだ

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