なぜ生まれてきたのか

寂しさを埋めるために恋愛相手を欲したり、打ち込めるような趣味を探したり、人は常に何かを求めている。お金や名誉を求めるのも根本にあるのは、やはり己の空虚さを満たせたいからだ。

だが恋愛相手が見つかったからといって、じゃあそれが満たされるのかといえばそうではないだろう。相手の言動に振り回されてまったく落ち着くことがない。

別れや出会いを繰り返してもやはり同じこと。いつか本当に自分を完全に幸せで満たせてくれる相手と出会えるはずだと、あなたはそう願っている。

だが残念ながらそれは実現しない。同様に満足を目指してお金持ちになったところで、まったく自由にもなれないし満たされもしない。いくらお金があっても虚しさが埋められることはない。

その虚しさ、つまりその溝のようなもの、それはなんだろうか。

1.

それは「全体」から自分が切り出されている溝なのだ。その溝が深いほど孤立する。よってなんらかの手段でその溝を埋めようとする。異性やお金や地位を求める。

確かに一時的には溝は埋められたように感じる。だがその求めてやってきたものとの関係のなかでまた溝が深く掘られてしまう。

ここで私たちがなぜ生まれてきたのかを考察する必要がある。

「愛する」という言葉がある。最近は企業に商品化されて陳腐なものに成り下がってしまったけども、本来「愛する」というのは自他の分離を溶かすという唯一の方法なのだ。

だから人生の目的はなんだといえば、そのこと以外にありえない。

つまり人は自他の分離を溶かすために生まれてくるのである。逆にいえば、分離が起きているから人はそこに存在し、多かれ少なかれ必ずネガティブな思い(自他という不快感)を背負っているのである。

そこにコップがあるということもそう。あなたはそれとひとつになれない不快感がある。ゆえにあなたはいまそこに出現しているのだ。

2.

たとえばあなたが最高に幸せを感じているときのあの満ちた感情があるだろう。あれが私たちの本当の姿そのものとなる。

それを100パーセントの姿とするならば、それ以外の感情、不安や焦りや憎しみや悲しみといったもの、またどのような小さな不快感なども、その100からどれだけ離れているか、減少しているかのことでしかない。

つまりあるのは満ち溢れた至福のみであって、それ以外はすべてそこから分離した結果であり、ゆえにあなたはその分離のために出現しているのだ。不安や憎しみが強いほど、現実というコントラストも比例し、より重いものとなる。

だからあなたの仕事は分離を解消すること、つまり幸せになることにある。

3.

ではどうすればもとの自分に戻れるのだろうか。

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  1. hamada514 より:
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    • 涅槃の書-自分 より:
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