あなたは一歩も動いていない

問題が起こりそれを解決する

一体何が起こり
そして誰が解決をしたのだろう

あなたはその一連の出来事に対して
自分なりの決断、行動を起こしたとしている
そうして問題は解決したのだ、と捉えている
だが本当にそうだろうか

このようにイメージしてみなさい

あなたは捕らえられている
目は覆われ柱に足も腕も縄で縛られた状態
そこは監獄施設
決まった時間に食事が運ばれ
あなたの口元までスプーンが寄せられる
排泄はどうやら垂れ流しらしい
縛られたまま眠りに落ち
そして目が覚める
目を塞がれているからイメージが頼りだ
冷やっとしたこの感じ‥
たぶんコンクリートの床だろう
音も響いている
そして柱は鉄骨のようだ
あなたは風景を想像する
そして運ばれるスプーン
一体誰なのだろう?
それよりもなぜこんなことになっているのか
なぜ自分は食事だけを与えられ
生かされているのか?
まったくわからない
いくら叫んでも
室内に響くだけで何も起こらない

さあこれは大変な状況だ
あなたの自由は一切ない
マインドがどれだけ策を練ろうが
実行に持ち込むことはできない
朝か夜かそれすらもわからない
定期的にやってくるスプーンの食事
「出来事」はそれだけしかない

イメージできたかな?
さて現実に戻ろう
あなたは社会的な生活を行っている
何人かの人と関わり
個人的な状況をこなしながら生きている
いつも休みなく活動している
あなたはそう思っている

だがね、実のところあなたは
常に柱に縛られているのだよ
あなたが自ら起こしている行動すら
あなたが起こしているのではなく
勝手に”起きている”のだ

あなた見ているものも真実ではない
つまり本当の光景ではなく
あなたの「思い込み」が見えている
目隠しをされた状態で
あなたはすべてを空想している

毎日腹が減る
なぜ空腹を感じるのだろう
カロリーを消費したから?
いやいやそうじゃない
すべての医学、科学は
「説明」の為に添えられた後付けに過ぎない
それよりもまず
空腹が起こっているのだ
ただ空腹が起こる

出来事とは
あなたの行動や意思とは無関係に過ぎていく
あなたが何をしなくとも
出来事は過ぎていく

喫茶店やレストランで
周囲に意識を張り巡らせて
ただ座ってみなさい

どこかで音が起こる
どこかで動きが起こる
匂いが起こる
肌への感触が起こる

それらはあなたの意思とは無関係だ
すべては勝手に起こる
あなたはそれらをただ受け取るだけ

本当にあなたは自らの行動で
すべてを動かしてきたのかね?
あなたの行動すら
運ばれるスプーンを
察知しているだけなのだよ

すべては勝手に流れていく
川の流れのように
ただ流れていく
それをそのままにしておきなさい

あなたの問題は
あなたが解決するものではない
あなたが何かをしたとしても
それはあなたがしているのではない

それが無為自然
その境地とは、
常に起こっている出来事を
ただその通りに流している状態
あなたがトイレに向かう
それすらも眺めているということだ
事実、あなたは何もしていない
その肉体がそこに向かっているのだ
またはトイレという風景が
こちらに迫ってきているのだよ
どちらでも構わない
それは解釈上の話だ

すべての出来事はあなたの意思とは
無関係に起こり過ぎていく
それを悟るときあなたは世界のすべてが
神であること知る

つまりあなたの本当の姿とは
目の前の一本のボールペンだったことを
知るのだよ

 

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コメント・質疑応答

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  1. maychan より:

    初めまして、いつも読ませていただいています。
    ありがとうございます。

    ブログに書かれていること、すべてあぁそうだよなぁ…と思えるのですが、
    マインドがブレーキをかけてきます。
    自分で簡単に外せるブレーキとは思うけど、なかなか固い(-。-)

    外せそうで外せない自分を見るのがいやで、ブログを開けるのが怖いときがあります。
    そうですねー私は目の前の1本のボールペンーただのペン。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>maychanさん

      やあ
      例えばあなたが何かをスポーツをしている
      単純なところで野球にしようか

      投げられたボールをバットで打つ
      塁を一周すれば得点する
      敵味方が交互に変わり
      点を競い合う

      あなたが野球選手ならば
      投手のボールを見極めたり
      先の展開を予測して作戦を練る
      日頃のトレーニングは欠かさない
      苦手な変化球への対処
      瞬間の判断力
      そしてチームから落とされないようにと
      野球という枠組の中で奮闘する

      だがプレイヤーを超えて
      「もっと大きな視野」を持てば
      単なるスポーツではなく、ショウビジネス、
      つまりマネーゲームの視点となる
      そこではユニフォームを着ることもなく
      過酷な訓練もなく
      イスに座って書類にサインをするだけだ

      さてあなたは現実を生きている
      お金を得て生活をし
      人々と関わり合って感情の世界を生きている
      未来に希望を持ったり不安になったり
      身の回りの人や物事にネガティブになったり
      そうしたドラマを生きている
      本書を訪れているということは
      その現実よりも「もっと大きな視野」に入ろうと
      しているのだろう

      いいかい
      野球選手がプレイヤーを超えて
      マネーゲームの視点に立ったところで
      野球からの離脱ではない

      あなたがどれだけスピリチュアルを極めたところで
      現実からは何の離脱もないのだよ

      これは何を意味するのかわかるかね?

      その現実が神なのだよ
      神、すなわち
      あなたのことだ

      街を歩いてみなさい
      陽の光、風、雑踏、人々
      あなたが体感しているすべてが
      あなたなのだよ

      あなたが日頃自分だと思っているものは
      一体どこにいるのだろう?
      それは人間ではない
      人間とは、あなたが見ることのできる
      頭があって自発的に活動する生物のことだ
      あなたは自分の頭を見ることはできない
      あなたには頭はない

      あなたとは
      あなたが体験しているすべてを受け入れるスペースのこと
      つまり「受け入れる」=「それら」なのだよ

      そこにグラスがある
      それを見ている
      グラスが存在できるのは
      あなたが見ているからだ
      だが実のところ
      グラスがあなたなのだよ
      だから見えるのだ

      見えるために、そこに出現しているのだよ

      その理解で街を歩きなさい
      目に映るものや聞こえるもの、足の裏の感触に至るまで
      感じるものすべてがあなただ
      あなたが神であり、宇宙だ

      私の話が理解できれば
      途方もない安心感に満たされるだろう
      なぜならば
      全部、あなたなのだから

  2. komatta より:

    ほんじゃ神仏すがりも神社いくことなったのも自由意志でなく
    決まってたことなんでしょ。

    • komatta より:

      悟りはいらんから5感覚だけなんとかしてもらえませんかね。
      せめて「痛み」だけでも。とりあえず、それだけでもいいかな。
      「痛み遮断モード」と念じたらさっと遮断モードになるとか。

      感覚抜いて本質語られても本質に近づいてもゲーム内のゲームキャラがどうやらこの世界はゲーム世界でプレイヤーが違う次元で私を操作してるらしい。と気づいたとしてもゲーム内ではギャーとかワーとか恐怖に叫んで戦わされてプレイヤーが間違えればyou deadであり、プレイヤー側にいけないもの。5感覚抜きで語るから無理が生じてきます。

コメント・質疑応答

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