すべてを自分と名付けて観念の世界を見てみる

世界とはまさに山びこのようだ
あなたの出力があなたへの入力を決める

世界ではそれが絶対の判決となる

周囲の全てに「自分」と名付けてみなさい
街の音に「自分」
冷たい風に「自分」
公園で遊ぶ幼児に「自分」
騒ぐ若者に「自分」
テレビのニュースに「自分」
売れなさそうな新曲に「自分」
凶悪犯に「自分」

つまりすべて「自分」と名付けて
そう呼ぶのだ

本当に呼ぶのだよ

「自分がうるさい」
「自分って可愛い」
「自分ってやばいな」
「自分、こりゃ駄目でしょう」
「自分、何があったんだろう?」

そうしてありとあらゆるものに「自分」を
当てはめていると「あること」に気が付く

すべてはあなたの印象だけで
埋め尽くされているということだ

あなたはあなたに包まれて生きている
まさに印象ワールドだ
観念の世界ともいう

そこには本当の「風」もなければ
「騒ぐ若者」もいない

ありもしない幻で包まれているがゆえに
掴もうとしても決して掴むことはできない

手に入れたものは失われていく
愛する人は去っていく
あなたは得ることはできない
ほんの刹那だけ感じられる安らぎを
餓鬼のように貪っていただけだ

正しくあるがままに見るとき
あなたの心に嵐は起こらない

嵐の去った静けさ
そこに平安がある

 

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コメント・質疑応答

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  1. たか より:

    本当にやってみました。
    そして、すべては自分が名付けている。
    自分以外の観念が何もないということに気づきました。
    いや、頭ではすでに理解していました。
    でも、でも、わからないとなっていたのですが、やってみて本当に愕然としました。
    そして気がついたのですが、自分と名付けているこの自分も自分とやってみればいいのだって。
    やってみました。何かあー何かわかりそう。
    これのことか?なんだろ、そうかもこれのことか?という。
    追い求めて追い求めてきた悟り、非二元、自分はない、ということ。
    これがそう?という。なにかがぐらぐらします。
    よくわかりませんが、自分さんのサイトについに出会ったという気持ちです。

    有料会員の手続きをするつもりです。
    それでも大変だと思いますが、何か自分さんのためにせずにはいられない気持ちになっています。

    これからも愛読します。
    どうぞよろしくお願いいたします。
    ここにいてくださって、感謝です。

    • たかこ(旧たか 2016.528初書き込み) より:

      今少し覗いたら同じ名前の方がいらっしゃるようなので、
      たかこ に変えます。
      どうぞよろしくお願いいたします。

コメント・質疑応答

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