すべてあなたのために用意されたもの

歴史上の出来事も人物も
ただ「そういうものがあった」と
あなたが知るためだけに
用意されたものだ

すべて実在しない

存在しているのはあなただけであり
あなたの「生」が過ぎれば
また違う「生」が始まる
常にあなた1人しかいないのだよ

あなたより金持ちはいないし
貧乏人もいない
街ですれ違う人々も
ただの風景の一部だ

他者も実在しない

考えてみなさい
すべてあなたに都合よく
揃っているとは思わないかい?

たったいま
あなた1人だけがそこに実在する

これが真実だ
あなた以外誰もいないし
あらゆる知識も虚構なのだよ

 

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  1. meg より:

    全てが自分。そうなんだなぁと眺められるようになってきました。
    でも、まだここに書かれてある、

    世界には自分一人しかいない

    という体感はわかりません。

    世界に私一人しかいないと思うと、
    寂しい気がする

    そんな自分を眺めてます

    アタマで考えて解ろうとするより

    実践し始めた、涅槃の書自分改革プロジェクト(←勝手に命名)に沿って
    日々の暮らしを楽しんでるうちに

    あるときふと、わかる(気づく)のかな

    そんな自分を眺めています

    • 自分 -涅槃- より:

      >>megさん

      こう捉える習慣を備えなさい

      街を歩いているとき
      「このすべてが私自身なのだ」とね
      そしてその後に来る根拠のない安堵感を受け入れなさい

      それだけでいい
      他人などいないし
      不幸ですら愛おしいものとなる

  2. さばみりん より:

    他があって自がある………わたしは本当の意味で独りではなかったと、本当の意味で気付く……これが出来るのは人間だけなのでしょうか?

    動物はどうなのでしょう。
    他の動物すらも私という幻想の中の産物に過ぎないんでしょうか。

    • -自分- 涅槃 より:

      さばみりんさん

      そう、すべてあなたの受け取りの中で
      起きている

      人や動物は、あなたの知る中で
      生まれてきたり死んだりするが
      あなたは自分の生死を決して知ることはない

      さらにいえば
      あなたが意識を向けたものだけが
      現実として現象化する

      呼吸、と書けば
      あなたは呼吸を思い出す

      思い出すとは何か

      それはひとつのコンセプトを
      そこに作り上げたということだ

      例えばあなたが
      今日はカレーにしよう、と思う

      食材を買いに行き
      調理をするわけだが

      思い立ってから1時間後、
      そのキッチンには
      カレーの鍋がぐつぐつと煮込まれている

      いいかい、
      キッチンには何もなかった

      だがあなたがカレーを想起したから
      そこに着々と品が揃い
      そして組み合わさっていった

      人は自他の分離の中にいるから
      カレーを作ることすらも
      「私は作らされている」という感覚にある

      カレーのために
      スーパーに買いに行く”はめ”となり
      食材を選ぶ”はめ”となり、
      作る”はめ”となる、

      そのように自分がやらされて
      やっとそれが”得られた”と錯覚する

      そうではない
      そのような生き方は真理とは逆だし
      ゆえに楽しさは皆無だ

      本来、生とは湧き起こる喜びにある

      あなたが無という世界に
      コンセプトを加えるだけで
      それが現象化しているのだ

      それを自覚することだよ

      つまり”他”とはあなたのことだ
      そこにいるあなたすら”他”だよ

  3. さばみりん より:

    ありがとうございます。
    本日日課であるランニング後、なんとなく傍らの道路を眺めていました。
    速度を上げて走りゆく車、そこに乗っている人、向こう側の樹や家、田んぼ、空……それら全てが何故だかそこにいあるのになんでもないようなことのように思えました。
    そこに見える、音がする、排気ガスの臭い、なのにすべてが一つの貼り付けられた風景のように感じたのですが、不思議なものです。

    ちょうど制作していた小説のネタに行き詰って、思考を振り払うようにランニングしていた帰りのことでした。
    行き詰ってどこか思考が右往左往して思い通りにならないモヤモヤとした感覚、何かほかにやりたいことでも作らなきゃならない焦り、何かやらなきゃならないんじゃないか、このままだと空虚に飲まれる――そのあとただなんとなく見た風景に、言い知れぬ流れのようなものを感じました。
    そのとき確かに私が消えていたように思います。

    • -自分- 涅槃 より:

      さばみりんさん

      あなたのコメントは情景が伝わってくるね

      >すべてが一つの貼り付けられた風景のよう
      そう、”あなた”を含めて一枚の絵画だ
      連続した動きや時間は存在せず
      あなたが意識を向けたワンシーンだけが
      ヴィジョンとして起きている

      すべては結果が出力されたものであり
      ゆえに他者も物も実在せず
      あなたの”見たまま”がそこに見えている

      その総体なるシーンに触れるとき
      あなたは当然の如く、消える
      ずっとあった自分の感覚が消えてしまう
      なぜなら
      あなたは最初からどこにもいないからだ

      思考が静止するときに
      「思考の自分」が消えるのだよ

      だから消える

      だがあなたが消えても
      感じている何かはそこにある
      それが意識、あなたの本性となる

      それは永遠であり
      あなたの世界を描き続けている

      優しい風景がそこにあるなら
      あなたが優しさを持っているから
      そう見えるのであり
      ランニングという光景も
      あなた自身で描き出したものとなる
      つまり自分が自分を見ている

      今日のあなたの体験は
      その神秘に触れたから起きたのだ

      意識が内側に向けられるほど
      さらに恩寵は続くだろう

    • XENON -Ewigkeit- より:

      自分さん、ありがとうございます。
      何か揺らいでいる波動存在の到来を感じ意味もなく名前を変えてみました、元さばみりんです。

      本日はサイクリングがてら少し山の中へと登り、頂上までは行っていないのですがその途中でふと足を止め、無造作に生えた雑草が身体に当たって邪魔するのもお構いなく、ポツンと独り立ってきました。
      臭いがすごかったです。
      懐かしいような、そしてどこか寂しいような気分に陥りました。陥ったと同時になにかに吸い込まれました。今立っている背の高い雑草だらけの道、ひいては木々や山全体に何の抵抗も意味付けもなく、全体がわたしの住家になったような気がしました。
      まず、臭いというのが一番初めに強く感じられる要素だなと思いました。臭いはとにもかくにも強烈な光を放ってわたしに入り込んできました。

      恩寵は得たいと思っています。
      常にこれならばよいと願っています。
      しかし、内側に意識を向ける要領はまだ得ていないですね。

      行為者も対象もいない静寂の上に置かれた境地。
      総てが描き出された一枚の絵ならば自ら彩りを加えることなど容易いはずですよね。
      本日の至福、すべてが一体化して境界のなくなった己を渇望し、すべて染め上がることはできぬだろうか…。
      であれば孤独でも構わない。

    • -自分- 涅槃 より:

      XENON -Ewigkeit- さん

      理解を深めなさい。すべてあなたの「体験上」にある。他者も他者との関わりも風景もサイクリングもそう。あなたが五感で得たヴィジョンが世界なのだよ。

      マインドの観点でいえばそれは確かに孤独となる。だがあなたが「全体」であることに気付けば、どこに寂しさがあるだろう?

    • Xenon -ewigkeit- より:

      寂しさなどという不完全な感情は要らないと思っていました。
      寂しさを感じるのではなく、考え、理想の形を求め、己だけの価値で染め上げた「全体」に昇華できるならば心地よいことではないのだろうかと、考えました。
      孤独を味わい肯定すれば孤独は克服され、孤独はなくなるのだろうと。

      この世界とは孤独が前提なのではないでしょうか?
      わたしとは最初から全体なのでしょうか。

    • -自分- 涅槃 より:

      寂しさは完全なものだよ。あなたの体験することはすべてが100%の真実だ。推測でそれを薄めてはならない。あなたは体験を起こす空間なのだ。それが「全体」となる。

  4. Aslan より:

    出来事と言うのは、私が体験しているものなのだから、やはり、私に関連して起きているように思うのです。
    と言うか、我々は、自分に関係のあることや知っていることしか認識しませんからね。 例えば、明日修学旅行に行くと言う目的がある場合、それに関連した出来事を我々は認識(体験)する。意識レベルの目的以外でも無意識レベルの目的も認識する。
    しかし全然関係ないこと。例えば、話したことも無い隣のおじさんの重要事項を認識したりはしない。
    はっきり言うと、我々は、我々の生存に関連性の高いことから優先して認識する。

    「すべては単なる風景」なのに、印象度が違うということがある。
    わかりやすい例で言えば、もし、主体が若い独身男性ならば、若く美しい女性は印象に残りやすい。それは利己的遺伝子理論とかでも説明できるのでしょうが、ようはそういうことなのかな。
    高度に哲学的な見解の相違も印象に残る。それも、形而上的価値が生存に大きく影響を及ぼすからだ。

    まぁ、何故、このことがおきたのか、主体にとって謎なことも多い。
    例えば、悟った人でも、身体は生きようとしているわけだから、水道やお茶が現れるし、便所や食物がその世界には現れるだろう。
    生きているうちに、あらゆる経験が滅却される(無余涅槃)と言うことはありえるだろうか。釈迦でさえ有余(生理的欲求はある)と言う状態なので、全ての物理的な経験が滅却されていたわけではない。

    • Aslan より:

      どこか、世界のルールを統一したいと言う感覚はありますね。
      それは客観的にではなく、主観的に。
      「統一したいと言う感覚」も俯瞰した上で。
      ユングは、心理学に目的論を導入した面がある。
      つまり、起こる出来事、日常の瑣末なことでも、何らかの意味がある。
      カラスがこっちを向いてカーと鳴いたことも何かの予兆であると。
      もっともそれは、今の時点からの遡及的解釈に過ぎないのかもしれないけれども
      どうも人には(私には)世界を説明する哲学体系を作りたい願望がありますね。

    • komatta より:

      >>カラスがこっちを向いてカーと鳴いたことも何かの予兆であると。

      予兆かどうかわからないが高層マンションと道路に囲まれたうちに2~3年前ミツバチの分蜂がやってきました。

      もっと不思議なこというと当時、私は母方の田舎の九州に一人で遊びに行っていて母方の田舎の家の裏山に懐かしさから散歩にでていた。
      裏山も開発で途中までしか歩けなくなっており
      原発関連の電柱と茶畑、いちご畑、ミカン畑が出来て途中までしか上がれず、子供の頃の叔父や従兄と頂上までよく上がった思い出に浸り、変わりように少し寂しさを感じてた。

      新しく養蜂している場所を見つけ近くの茶畑の前で座りながら10メートル前くらいのミツバチの巣箱の前で飛び回るミツバチをぼんやりと見つめてた。その夜、フェリーで帰宅に向かった。

      翌日、フェリーで帰宅し弟にフェリー降り場まで車で迎えに来てもらったが、その時の第一声が「姉貴、今、ベランダにいっぱい、蜂の死骸があるけど驚きなや」と言われ2、3匹迷い込んだ蜂が死んでるだけでしょと大袈裟に思ってなかった。
      帰宅当時はベランダにミツバチの死骸10匹くらい転がってて、こんなコンクリートばかりの都会に少し何故?と首を傾げた。
      越してきたころはもっと緑が多く虫も入ってきたりもしたことあったが、それでもこんなことは生まれてはじめて。

      翌日、換気扇の換気口にビッシリ固まる分蜂発見。何とか助けようと大学の研究者に電話したり養蜂家に電話したり一人、奈良の大学研究員に連絡が付き様子を見てもらいに来たが道具の用意をしてなくて後日といってる間に母が無知から換気扇を廻しダクトから蜂が侵入。(すでにダクト内に巣は作られ始めていたらしい)

      家の中に何百匹の蜜蜂が飛び回り、どうにも仕方ない状態に。だが分蜂時の密蜂は大人しい。それどころか甘えるような羽音で手や肩や胸に乗ってきたリ。上着の中に入って眠るように止まったり。なんとか助けたいと思った。

      研究員が来るまで待てないような蜂だらけに家がなったので、とにかく家の外からは出したいと駆除業者に「殺したくない」を強調して対処方法を聞くが、蚊取り線香でいぶせばでていくと。「死んでしまうのではないか」と尋ねたが大丈夫など言われ首をかしげながらもプロのいうことだからと蚊取り線香を炊くと、なんと分蜂内の女王蜂を殺してしまい分蜂がバラケけて家の中はもっと蜂だらけでトンデモナイことに。

      泣く泣く駆除でなく捕獲した蜂をアイスクリーム工場に送ってくれる業者を見つけ対処。
      しかし肝心の女王蜂が死んでしまえば求心力となっているコロニーはバラけて全滅。
      働き蜂をいくら助けても他のコロニーにいれてもらえず淘汰される運命と。

      研究者が来た時は女王蜂の姿が確認できたからその時、道具さえあればと。タイミングの悪さに落ち込みしばらく泣いた。

      うちに来た原因は、業者さんにいわすと
      「たまたま」 全くの偶然でしょう。と。

    • komatta より:

      アインシュタインのミツバチがいなくなれば地球は滅びるでしょうと何かで言ってたのを思い出した。その時、助けようと色んな大学や業者に問い合わせまくったから日本ミツバチの数が激減してるのを知った。ミツバチがいなければ花への受粉行為が出来ない。

      そのほかも、駅までの通り、カラスがオーメンばりに木と電線、(いつもならハトもスズメも多少いる)に止まり通行人まで立ち止まり怖いと見ていた。(自分さんの荒野にカラス鳴く、あなたは何世代それを見てきたの記事とリンク)

      去年の秋から正月明けにかけてタテハ蝶をやたら目にした。普通は乗ってくれないのに道路側をヨロヨロ飛んでたから移動させたいと近づいたら手に乗ってくれた。
      意識してたら少しスズメの鳴き声が増えた。

      訓練校でも喫煙上に大きなカメムシが止まっててクラスの人が「まだおるで。こいつ」と。
      私が何時間か止まってるだけの話だろうと受け取ったが「3か月前から止まってて動かない」
      と聞き改めて驚いた。訓練校の前が公園でそこもカラスは多く、スズメもいて。タテハ蝶もやたら目にして仲睦まじい光景やら1月にも超を見たり。虫やら動物の行動や数が少しおかしいなという話題もしてた。

      単なる買い物でもスーパーやドラッグストアに行けば、やたら「光」に関する歌はよく流れてたりする。

      ユーミンの「やさしさに包まれたなら」がかかってたり杏理のField of Lightsを知ったり。
      ttps://www.youtube.com/watch?v=DHI5R-bQrV0

      でも、だから「光」をいつもシンクロさせてくれたりメッセージ送ってくれても、その包まれ方や灯し方がわからんのじゃー!!!と歌に向かって文句を言ったりする。
      この偶然ばりに臨時収入が入れば、一発で光に包まれますけどー!!!とかハイアーセルフ?
      みたいな存在に文句をよく言います。

      しかし未だに謎なのはアナログは連続で波で
      光は波だから。幼い頃は海に興味あっても電磁波とか物理的なものは思いも浮かびもしなかったしなと。高校でも商業科なので物理はなかったので。認識の影響うけたといえば子供の時にたまに見てたコンバトラーVから?

      実は連続してないと光波、「波」が連続せず、途切れ、途切れに現れ消えてるというのがどうもいまだにスッキリいかず…。

    • komatta より:

      やさしさに包まれたなら – 荒井由実(松任谷由実)
      ttps://www.youtube.com/watch?v=N-uCT3jGEMs&spfreload=10

      いや、解るよ。理解できるよ。解るのだけど。
      だから、試練ばかりより少額でも宝くじ当ててくれたり懸賞当ててくれたり素敵な出会いがあったりしたら、メッセージ送ってくれるより一発で光に包まれますけどーーー!!!

    • komatta より:

      https://www.youtube.com/watch?v=2Kh7uBEJbnE
      コン・バトラーVのテーマ2012ver

      ちなみにパチンコはしないけどCRの影響でノリよく格好良くスピード感ばっちり。熱くて昭和世代にリメイクは嬉しいけど。

      加速度が速過ぎる。アニメでたまに見るなら格好いいけど、この加速度に皆、なってたらついていけないので。のんびりアナログ感覚も残しといてねの、ノスタルジーから過去に生きてる人です。

    • komatta より:

      小学生か中学生か記憶があいまいだけど。
      マクロスがお昼やってて当時はまだ漫画家などに夢を抱いてたから、セル画を後になって中学の美術部でミリアを書いて上手いと調子のったことある。絵は綺麗だけど色付け、色を塗ることは下手で荒くて惜しいなと。同級生や友達にいわれました。

      その懐かしさから思い出に浸り…。
      例の家の前の暴走族を赦そうとなどした時に中高生の記憶がよみがえり懐かしさから当時みてた漫画なども振り返る。

      超時空要塞マクロス OP FULL /
      ttps://www.youtube.com/watch?v=ZfvkJ1ISTfo&ebc=ANyPxKrT6zQk5DAkspiTrVaULxXKcZoWKJg5sQ9dbvM2QerNnHMx69PMltDJNN-EgHQbi82UfaWRfUBOl3_E2bxsBK2cRKWaNw

      いや…。リニューアルされて綺麗でいいけど。
      知ってたでしょ。この当時から。
      造り側って全て知ってたのでないの?と思わされることが多い。

      シナリオできてたでしょう???
      としか思えない歌詞だったりする。
      「超時空」要塞ですし。

    • -自分- 涅槃 より:

      Aslanさん
      あなたの洞察の通りだよ。あとはあなたがそれを何の「抵抗」もなく受け入れるだけだ。現にこれまでの人生を振り返ってみればわかるだろう。あなたに関係のないことは一度でもあったかね?

      テレビでどこかの国が戦争をしている。あなたはそれを見ていた。家族が出かけ先での出来事を話している。あなたはそれを聞いていた。数十万のギターが店に飾られてあった。あなたはそれに触れた。

      友人も会社の人たちも、みんな独立した存在ではないのだよ。あなたが彼らの言動を受け取るから、彼らはそこにいるのだ。

      「悟り」という言葉に大そうなイメージを持たないことだ。目覚めた人は、あなたよりももっとシンプルにそのままの存在として在るようになっただけだよ。たくさんいる。いくらでもいる。いまこの話をあなたは読んでいる。みんなあなたの中に在るのだよ。

      シンクロニシティも「縁」というやつも、全部あなたの中で起こるのだから、物理的な解説など何の意味も持たない。宇宙の新しい発見があり、アインシュタインが覆される。そうして新しい基準(概念)が示されるだけだ。

      だがそういった歴史はすべて、あなたの認識の中にある。つまりどんな偉大な言葉も、宇宙の大発見も、それを超えることはできない。

    • Xenon -ewigkeit- より:

      >>世界のルールを統一したいと言う感覚はありますね

      自分もある時から毎日の出来事がよく分からなくなり、
      そういう感覚が常に過るようになりました。

    • -自分- 涅槃 より:

      日々の出来事があなたという存在性なのだよ。歩いているときにふと目にした落ち葉、それがあなたなのだ。

      過ぎ去ったときに、あなたは過ぎたものへの重大さを知る。だからそれを逆転させなさい。いま起きていることはすべて大切なことなのだと悟ることだ。

  5. ムトウ より:

    完全な絶望感のなか眠れずに迎えた明方に多数のカラスに家を囲まれカァーカァーされたことがあります。絶望感に追い打ちをかけました。自分の心境と自然や動物達がリンクしてしまったようでした。

    • -自分- 涅槃 より:

      ムトウさん
      良いコメントだ。一休宗純は闇夜の舟の上で、突然聞こえてきたカラスの鳴き声で開悟した。あなたが苦悩を脱するヒントになるかもしれないね。禅について調べてみるといいだろう。

    • ムトウ より:

      お返事ありがとうございます。一休宗純と蓮如の仏像でのやりとりが面白いと思いました。禅を調べるにしても調べる事を楽しむという方向で行こうと思います。今晩のおかずは半額で買ったさばみりんです。流れの単純な感じがとても良いです。

    • -自分- 涅槃 より:

      ムトウさん
      一休宗純は私の師のひとりだ。時を超えて彼に救われた。さばみりん、私の行きつけのスーパーではなかなかのものだったよ。

    • さばみりん より:

      さばみりん、美味しいですよね。たまにはあじみりんも食べたいかなと思っています。すみません、場違いなコメントでした。

  6. Aslan より:

    俺が幼稚園生の時に、実家の壁に誰にも見つからないように書いた落書き
    「神様、幸せになりますように」

    どんだけ不幸なんだよ。
    そんで、本質は、この時と変っていない気がする。

    Komattaさんがリンクしてくれた
    やさしさに包まれたなら – 荒井由実(松任谷由実)
    を聞きながら、そんな思い出が読みがえって着ました(笑

    • komatta より:

      歌はいいですよね。メロディーも優しいし。
      強烈な光より淡さ、水色と薄緑を連想させる穏やかな歌。

      戦闘アニメのドッグファイトも割と血わき興奮で見てる分だけには楽しいですが。
      濃い青やら赤いやら眩しすぎるやら。

      「あなたが大胆になれないのは何故なのか考えて見なさい」

      私しも考えたのですが親を泣かせた罪悪感。
      「無力感」←これが一番強い。どちらかといえば何もしないより、あくまで自分の中だけですが、ずっと戦いの日々だった気が残ってるから。連敗中で今までは戦士にも休息が必要だ気分だったけど、年齢的にも…。もう永眠のころで、いくらメッセージ立て続けに送ってもらえても何もできないよ。「どうせ」また激しい戦い、負傷してしばらく立てずの連鎖でしょと。

      もう惰性。白旗。降伏感が強いのと唯一、叩けるのは「体がしんどいのは嫌、痛いのは嫌」
      これ生物共通だと思いますが…。
      それ絶対、超えられないから。「安楽死」プリーズ。30代くらいまでには痛み軽減はあっても、安楽死はタブーでも、それ食物連鎖システムと老衰と戦争が無くならない限りは、ある意味、慈悲でしょうと。考えてしまう。

      しんどさ、無力感、罪悪感。
      未知への恐怖(神がかりとよくリンクしますし)。
      その6角形のアミカゴから抜けられない。
      しかし3位一体やら3の倍数よくでますね。
      9は神聖な数字らしいです。
      6角形の内角の和は720度。7+20の27
      2+7=9か…とフィーバー999の見すぎで妄想力も大きいし。

      のんびりカゴの中もいいもんかもとか。
      ハイヤーセルフさん、今は本当、そっとしといて…。容赦を知ってとか。壁を超える気力が不足中…。

    • Aslan より:

      貴方が大胆になれない理由

      私の場合
      世間様や親兄弟の目を意識するから
      人間関係のバランスを崩したくない
      社会的立場に配慮
      現状にそこそこ満足している。
      つまり、「自分が可愛いから」、これに尽きる。

    • -自分- 涅槃 より:

      Aslanさん
      >大胆になれない理由 私の場合世間様や親兄弟の目を意識するから
      人間関係のバランスを崩したくない

      いいかい、外側の人々は関係がない。あなたが外側に影響されなければいいのだよ。みんな(世界)はそんなあなたを待っている。

  7. Aslan より:

    もっとも、結構、大胆な行動も取ってきた面もある。
    それこそ、はじめの就職先が地元から離れた場所だったので、やりたい放題やってた。
    気分はもうチンピラ。
    逮捕されてもいいやくらいの感覚だった。
    とはいえ、実際は真面目で慎ましい生活だったけれど。
    余り恐れは無かったね。
    世間意識が気迫だった。
    外国人気分と言うか。遊牧民気分と言うか。
    今は、定住が前提なので、評判が悪くなることを、やや、恐れるようななっている。

    • -自分- 涅槃 より:

      Aslanさん
      外を意識した無鉄砲は、何も変わっていない。慎ましく質素な暮らしの中でも自由でありなさい。あなたの中が「どう在るか」だけなのだ。

コメント・質疑応答

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