言葉の次元を超えると体感するものは何もなくなる

我々はよくしゃべる
言葉で区切られた伝え方を
基本としている

だが本来のあなたである「それ」は
話すことも触ることも聞くこともない
ただ見ているだけだ

観念とは言葉である
思考とは言葉である
言葉を捨て去ると
ただ見るだけしかなくなる

寒い日あなたは寒いと感じる
そうして身を震わせる
だが「寒い」も「感じる」も言葉だ

わざわざ言葉を理解してから
身を震わせていることを知りなさい

「それ」の次元では「寒い」すらも
見ているに過ぎない

あなたが「寒い」を見ることができたとき
まったく寒くなくなる
肉体は寒くて震えるだろうが
「あなた」は寒くない
それをただ眺めているだけ
そういう境地に立っている

五感と呼ばれるものが
肉体との同一化により
定義されているものだと気付けば
あなたは肉体を超越できる

指先の感触
感触は言葉だ
意味を付けている

感触を見るのだよ
それは見るものだ
ただ見るしかできないものだ

観照とはそうするものではなく
本来のあるべき状態なのだよ

 

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