風が吹く

風が吹く
それはどこからだい?
音が聞こえる
それはどこからだい?

すべては自然現象
あなたがあなたと思い込んでいるその肉体
その人間ですら
自然現象のままに動いている
それは風が吹いているようにね

あなたが「どうすれば成功できるのか」と
日夜悩んだり努力したりしていたとする
それは「どうすれば成功できるのか」と
悩んでいる人間のシーンを見ているだけだ
その人間はあなたではない

成功という言葉にストーリーを見出すから
あなたはありもしない幻想に足を捕まれる
それもいい

成功を考えている、という出来事が起こった
あなたが何を思考しようが
それは「思考という出来事」が
ただ起こっただけであり
そこから導いていく道筋などない
つまり出来事の時点ですべて完結している

五感を前提に生きていると
思い込んでしまっているから
その人間が感じるすべてを基準としてしまうだろうが
それは基準ではない
指一本の動きも
どんな思考も
「風が吹いている」
ただそういうこと
どこからともなく吹いてくる風と同じ
その人間の思考も肉体も勝手に動いている

吹く風をとめようと
あなたは板を立てる
板は風に煽られて結構な力で
支えなきゃならない
それが努力というものだ
そんなことは必要ない

風は循環のために吹いている
つまり風はその単一の存在ではないのだ
あなたの「あなたという人間」もそう

肝心なのは
風を板で遮ろうとしている思考や努力すら
そういうシーン、
つまり出来事が起こっているのだよ
その行為をあなたは避けることはできなかった

起こるべくして起こった出来事

だからあなたの行動も含め
すべてそのままに従っていきなさい

あなたが到達するとき
それもそのようにコトが起こったのだ
いまはまだならそうなのだろう

これまでの自分自身の失敗のお陰で
明日破産しても
不摂生な生活のせいで
余命を宣告されても全然オーケーだ

なぜならば
それはそのように
起こるようになっているからだよ

このブログで何かが書かれたら
それはそのように起こったのだ
それを読んであなたがそれまでと
何かが変わったのなら
それはそのように起こったのだ

あなたが「あなたという人間」から
距離を置いてこういった話を聞くとき
あなたは人生という荷物を
下ろすことができるだろう

好きに生きていくとは起こるあるがままを
受け取っていくということだ
実際誰もがそのようにしている
そうせざるを得ない

だから幸せも不幸もないのだよ
常に満たされている

右を向くとき
それはそういう出来事が起こったのだ
あなたが向いたのじゃない
その人間が動いた

距離を置きなさい

確かに「人間」を通さなければ
なにも感じ取ることはできない
味も美も温度もね
つまり、世界のすべてとは
「その人間」なのだよ
その人間が世界を感じ取っている

人間、世界、感じ取る

それらが単一の存在ではなく
出来事という関係性だけが
循環していることを悟りなさい

いま、あなたがどういう状況にあれ
それはそのままでいい

起こるときは勝手に起こっていく
放っておきなさい

 

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コメント・質疑応答

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  1. mmrc7 より:

    頭で考えずに行動にたいして~なんだ~ってみればよい?

    • 涅槃の書-自分 より:

      mmrc7さん

      頭で考えずとも物事は起こる。そしてあなたはそれに対応するだろう。

      頭は必要かね?

  2. mmrc7 より:

    無意識を意識的にと言うこと?
    この事を語るセミナー(一回30万などピンキリ)も、この世界の背景なんですか~?!納得できないです~

    • 涅槃の書-自分 より:

      mmrc7さん

      >この事を語るセミナー(一回30万などピンキリ)も、この世界の背景なんですか~?!納得できないです~

      「納得できない世界が見えている」というなら、たとえばあなたが億万長者であるならば、それは「納得できる世界」なのだろう。

      つまりそのセミナーとやらには何の力もなく、そこに良くも悪くも「力を与えている」のは、あなたなのだ。たとえば私はそんなことに興味がないから、納得するも納得しないも「ない」。だからそういったものは私の世界には現れない。つまり力を与えていないということだ。

      これはどんなことにも言えることだ。

      あなたがスピリチュアルに興味があるからそれは力を持っているのであるし、もし私がある分野について語り出せば、あなたはそれが「役立つもの」だと感じ始めるだろう。

      その分野はずっと存在していたのではなく、あなたが力を与えたときにはじめてあなたの世界に出現するのだ。その力の傾向があなたにとって「良く」見えようとも、「悪く」見えようともね。

      だからそのセミナーにしろ、テニス教室にしろ、あなたがそれが「良い」と思えばグッドなのだ。それがあなたの世界だ。すべてはあなたの「納得」なのだよ。ゆえに納得がいかないならば、それはそうであるだけの話であり、その物事に存在事由を求めるのはエネルギーの浪費というものだ。

      気に入った洋服だから着るのであり、興味のないジャンルの服屋があってもわざわざ気を留めたりはしないだろう?それと同じことだ。いつか好みが逆転したらそれはそうなのだ。つまり常にあなたが世界を決めているのだ。

      >無意識を意識的にと言うこと?

      よそではどう言っているのは知らないが、本書的にそれを表現するならば、こういうことだ。

      すべてはあるがままに起こる。私たちは自分の意図だと思って生きているが、それは正しくはない。すべてはあらゆる要素の絡み合いとして、その接合点が「自分の人生」として見えているに過ぎない。

      その「あるがままの動き」を無意識という。いわばあなたに意識がなければ、植物と同じだということだ。ゾンビと言ってもいい。地球生物としてゆらゆら生存しているだけだ。

      だがその様子こそが生命としての至福であり、完全な生命感にあふれた状態であるといえる。だが人間は創造的な生き物だ。つまり「意識」を有している。それは「意識的に何かを生み出す」というのではなく、無意識の自動的な動きを「意識的」にフィルターする、つまり「不要な動きを監視して、それを起こさない」ということだ。

      自由意志とは宇宙空間に放り出されて「はいどうぞ」ということではなく、あくまで地球という生命が前提としてあり、そこからの「取捨選択」のことをいうのだ。

      これが「無意識を意識的に見る」となる。つまり自分自身を支配することであり、全体に流れるエネルギーを建設的な方向に活かすということだ。

      人の多くは意識的ではない。つまりゾンビでしかない。すべてを本能に任せた結果、嫌な思いやらを経験し、それについて苦悩しているのだ。意識的にあることは人間が幸せになることの必須条件なのだよ。

  3. mmrc7 より:

    必要なものを選び取り、不要なものを捨てること。全体に流れるエネルギーを建設的な方向に活かすということ!
    なんか、まとまってきました~!!
    イメージとしては、きゅーっと集まってきた感じです!
    涅槃の書も分厚~い冊子が要点ガイドになって自分の血流が分かる今現在です!
    軌道にのってくるくるまわり続けたいっ!!

コメント・質疑応答

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