現実生成の計算式を見直す

人生を充実したものにするコツは、先に計算を持ってこないことにある。たとえば「この仕事ならこれだけ給料がもらえるから‥」というふうに「a+b= → c」という頭で生きないことだ。

どんなことでもそうだよ。人間関係も趣味もそう。計算を先に持ってきて世界を実現させようとしてはならない。

なぜならその後の未来はその計算式の中に制限されるからである。結果が原因を超えることはできない。先の式ならば「c」を下回る世界しか実現されない。要するに「つまらない世界」となる。

これは論理学でいうところの、演繹や帰納であぶり出された世界を生きないということにある。社会で「人々がうまくまとめられている」のは、無意識のうちに帰納的に物事を捉え、そして捉えた「事実」を演繹的に見据えようとすることにある。

だがあなたはいう。

「でも働かないとお金が入らないし、お金がないと不幸になる」それはその通りだ。その「式(導出)」は間違えてはいない。だが式が正しくても、式に並べられる各前提が見誤っているから、出てくる答えもそれに応じたものとなる。

というわけで今回の話は、そんな歪んだ前提に縛られて「なんの可能性も見出せない人生」を歩まないための方法論となる。

 

1.論理の鎖を知る

この世界は1枚のシーツがピンと張られたようなものだ。下からシーツのどこかを手で持ち上げると、それは「自分」であり、別のどこかを持ち上げるとそれは「道路」や「店員」「コーヒー」となる。

つまり持ち上げる手とは認識のことであり、すなわち「全体」からそれを分離させる「言葉」である。だから言葉のロジックを理解することは人生の力となるのだ。

先の例だが帰納法というは、すでに認識している事実からの予測を出すということだ。「Aはこうである」「Bはこうである」「だからCもこうである」という推論であり、あなたが「いまの自分の現実」を認めるに至る典型的な論理パターンのことだ。

例えば

a.ブサイクな人が笑われてる
b.自分も通りすがりに笑われた
c.自分はブサイクなのかもしれない

a.はブサイクだから笑われていたのではないかもしれないし、b.は別の意味かもしれない。そもそも自分のことを笑ったのではない可能性もおおいにある。そもそもブサイクという基準も古い計算式により出されたものである。

つまり前提の時点で、それらも帰納的に導かれてきたものだ。だから先の「a+b=c」は、aやbの時点ですでに独自の見解に染まっており、そのようにしてあなたなりの世界観(=信念)が作られていく。

このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。→ . 会員登録はお済みですか? 会員について

この記事を保存・共有できます。

Notes , , , , , , , , , , , , , , , , ,

コメント・質疑応答

会員記事のコメントは記事上ではログインしないと表示されません。
会員の方はユーザー名が入ってしまうので別名を希望の方はこちらで申請してください。
連続投稿する場合は「自分の最初のコメントに返信」してください。
記事に無関係なコメントは禁止です。良識の範囲内でご利用ください。
業者からのスパム広告を防止するシステムを採用しています。短期間内に連続投稿をするとシステムにスパム登録されてしまい一切の投稿ができなくなりますのでご注意ください。

  1. tamatama3 より:
    このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。
    • 涅槃の書-自分 より:
      このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。
  2. ハイライト より:
    このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。
    • 涅槃の書-自分 より:
      このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。
  3. ちゅん より:
    このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。
    • 涅槃の書-自分 より:
      このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。

コメント・質疑応答

  関連記事