この世

駅前のお寺には
今日のことばが掲げられていて

たとえば
「無難とは難が無いこと
だが難が有るのは有り難いこと」

言葉あそびとはいえ
まさに仏教的な解釈だなと
いつも楽しませてもらっている

つまり仏教的にみれば
トラブルも感謝になるということであり
仏教的にみなければ
災難でしかないということ

だから起こる出来事は同じであって
それをどのように受け取ったかの違いだが

そんなの当たり前じゃないかと思うけども
しかし仏教の伝える二重性が
ここに見え隠れしている

それはなにかといえば
どのように柔軟に受け取れるかではなく
起こる出来事は同じだということだ

仏教はむしろそこを指さしている

あなたが幸せでも不幸でも
起きてる出来事は同じなんだ

たしかに幸せゆえの選択の結果と
不幸な気持ちによる選択の結果とでは
“違う世界”が開かれたようにみえる

だが本当にそうだろうか?

全文をお読みいただくにはご入会後にログインしてください。数千本の記事を自由にご覧いただけます。→ . またご入会や入会の詳しい内容はこちらから確認できます→ ご入会はこちらから


Notes , , , , , ,

コメント・質疑応答

  関連記事

-->