人に気を遣うことで、あなたは自分を見失う

他人への思いやりは結構なことだが
人に気を遣うことが
美徳になってないかね?

そんなくだらない趣味はやめなさい

人に気を遣うほど
己に迷いが生じる

それは嘘の自分だからだ
自分自身が存在していないのだよ

「こう聞こえてるかな」
「こう思われてるかな」
「目上の人だしな」

その殻を破りなさい

自分の言葉で
自分自身を伝えなさい

気を遣わず話せば
一切の迷いは消滅する

あなたは受け入れられ
そして”わかってもらえない”
という理不尽は消える

 

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コメント・質疑応答

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  1. shiho-fan より:

    はじめて書き込みいたします。こんにちは

    ご指摘のように、周囲に遠慮する、気遣うことをかつて私も美徳だと思いこみ、それも人生では必要なことだと思っておりました

    そうではなく、自分が正しいと思うなら、周囲がどう思おうと、強く貫き通すことが、自分にとっての成長であると、ようやく気付いたところです

    正しいと思うことは、みんなが一緒にやってくれるのを待ったりするのではなくて、気付いた自分から力強く一歩前へと進んで行きたいと思います

    いつも、素晴らしいメッセージありがとうございます。これからも参考とさせていただきます。それではまた

    • -自分- 涅槃 より:

      shiho-fanさん

      はじめまして
      時間のあるときに
      街を歩いてみることだ
      街は意識の向きの練習にちょうどいい

      通りすがりの人々や店の人は
      あなたではない

      あなたが街を歩いていくのだ
      あなたが右を向くのだ
      あなたが左を向くのだ

      そうして
      自分自身であることを続けていると
      ふと気付くだろう

      街はあなたのものになっているはずだ
      あなたを中心に街は広がっており
      街とあなたはひとつのものになる

      だが何度も何度も
      いつもの孤立へ引き戻される

      続けなさい
      ほんの一瞬でも自分が存在できたことを知れば
      何かを掴むはずだ

      本来の在るべきあなたの存在に
      光を灯し続けなさい

  2. shiho-fan より:

    ありがとうございます

    さっそく街を歩いて、街とつながってきます(^^;

  3. shiho-fan より:

    「街歩きの意識ワーク」を試してみました!

    これまでは、通りすがりの人や店などを、それぞれを点として捉え、自分の意識があっちの点へこっちの点へと行ったり来たり渡り鳥している感覚でした

    教わったように、自分の目の前の通りの奥行きを捉え、空間として一つまるごとあるがまままに感じようとしてみました。

    何も考えない。自分の頭の中のおしゃべりをやめる。目の前に起きていることそれぞれをジャッジすることもやめる。ただ、空間を感じ、捉えてみました

    そうすると!目の前で繰り広げられている光景すべてが、そのまま同時に自分でまとめて把握できていることにびっくりしました

    大げさに言えば、聖徳太子が10人に同時に話しかけられた後、それぞれ順番に的確に回答していった伝説がありますが、そんな感覚です。隣でしゃべっている女性の会話も、前で遊んでいる子供の笑い声も、道行く人々も、それぞれのお店の陳列も、それらまとめて全部が自分の中に飛び込んでくる、いや、むしろ目の前の通りの空間そのものを自分が含んでいるかの如き感覚です

    「こんな意識トレーニングがあるのか!」と少々感動しました・・・が、その感動して、自分の頭の中で「すごい!これは!俺の意識もこのまま拡大するかも!」などと自分の頭の中でおしゃべりがはじまった途端、目の前に広がっていた空間の意識がすべて消え失せました(^^;

    ただ、明らかに光明が見えてきました!
    ありがとうございます!
    続けてみます!

  4. shiho-fan より:

    前のコメント、大変長文で失礼致しました。。。

    街歩きのワークを教わって分かったのは、
    自分の理屈っぽさ、理詰めで考える・分析が大好き――
    これらは、これまでは自分の長所だと思っておりました

    しかし、逆にこれこそが自分の最大の短所でもあり、自分の意識の成長を阻害しているのだと、今回はっきり分かりました

    頭の中でおしゃべりし過ぎ、ジャッジすることばかりやっているからこそ、ご指摘いただいたような、ありのままを受け取り、感じ取るということがこれまでまったく出来なかったのだ、と

    本当にありがとうございました

    • -自分- 涅槃 より:

      shiho-fanさん

      今回のあなたと同様、
      わき起こる何かが文章で表現されるゆえ
      私もいつも長文となる
      だからそれは気にしなくて良い
      流れるがままに任せなさい

      さて今回のあなたの記録だが
      多くの人が参考になるだろう

      街はマインドが好む場でありながらも
      あなたの本性が最も現れている場でもある

      マインドのお遊びに誰もが翻弄されるが
      そのお遊びに気がついたとき
      ワンネスへの扉が開かれる

      また何かあれば聞かせてくれないかな

      あと、あなたが悟るときは
      その世界が悟るときだ
      これを覚えておきなさい

      ありがとう

  5. shiho-fan より:

    結局のところ、私は「マインドを切り離そう、マインドに振り回され過ぎろのはよそう」と、「マインドで思い悩んでいただけ」でした

    どこまでもマインド起点で世界を見ようとし続けておりました

    今回、あるがままに街の風景を受け入れるワークを行ったことで、やっとマインド起点ではない、世界の捉え方ができるようになったと感じます

    この感覚を、さらに深め、いつでも使えるようにしていきます。ありがとうございます

    p.s.マインドは、世界のほんの一部を自分の都合いいように切断し、その切断部分を垣間見せているに過ぎないんですね。。。ようやくそれを実感しました

    • -自分- 涅槃 より:

      shiho-fanさん

      いままであなたが見てきたのは
      街でも他者でも物でもなかった
      マインドだ

      あなたはずっとマインドを見てきた

      そこに猫がいる
      だがあなたは
      自分の中の猫像を見てしまう

      可愛いとか凶暴そうとか
      病気してるのかなとか
      そうした心情だけでなく
      色や形
      そしてそれが「猫」だということに至るまで
      あなたはその対象を見ておらず
      「猫」を見ていたのだ
      つまりマインドだ

      だから不幸な世界にいる人は
      数億円の当選があっとしても
      最高の異性と巡り会えたとしても
      不幸のレッテルを貼り付けてしまう
      彼の目の前には「不幸」だけがある

      猫と同じように
      それを「猫」と見ている時点で
      彼は自分の世界に囚われたままだということだ

      観念を崩すには
      それを崩そうとしないことだ

      崩した先に出てくるのは
      新しい観念であり
      自分の檻を抜け出ることはできない

      だからそのゲーム自体から遠く離れる必要がある
      それが観照となる

      観照のポジションにあるとき
      それが「人」だとか「猫」だとかの
      解釈が失われる

      それが何かと考え始めれば
      途端に意識は外側に囚われる

      だから観照の状態を保つことだ
      マインドにとっては
      非常に不安定な状態となるから
      早く解釈をしたがる

      世界を俯瞰するとき
      「あるがままに見る」という意味は
      それまで考えていたものと大きく違うことに
      気がつくだろう

      すべてはただの映像なのだよ

  6. shiho-fan より:

    こんにちは。教わった「街歩きのワーク」が気に入って、今も毎日やっております。ありがとうございます

    以前、とある方のブログで「あなたが限界を作ろうとしない限り限界はない。区切ろうとしない限り区切りはないのだ」といった内容のものを読んだことがあります。でも、マインドの中の一つの知識になっただけでした。

    私はこれまで、マインドによって「いかに効果的に区切るか」に執着し続けていました。タロットでは、ソード(剣)は、切り裁く意味を持ちますが、これはマインドのことだそうです。マインドで、現実を切って切って切りまくっていました。

    街歩きのワーク、これによって、おかげさまで、「(マインドで)区切らない」境地を、少しだけですが、垣間見れるようになってきました

    思い通りにいかない、これはキライ、と、そこにある現実の一点に固執し、それをマインドで切り裁き、拒否することは、自分の認識できる世界(=つまり、これが自分の)の一部だけに執着してしまっており、さらにそれを否定することは、自分の世界を否定していることそのものだ、となんとなく今は感じています。

    これまでの自分の「ジャッジしまくっている」マインドの時とは、大きく視点が変わってきました。いや、今までは一体なんだったのか、と。

    自分の目の前に広がる世界、地球、宇宙を、どこまで受け止めて一体になれるかが自分の「今」の心の器であり、状態であり、さらに、その世界の裏にある、目に見えない世界をも、「今」どこまで感じ取れるか。それが、自分の「今」の心の器ではないか?今あるこの世界をどこまで抱きしめることができるか?地球が、地上の生物を受け止め、抱きしめてくれているように。。。

    マインドレベルでも、そう考えるようになってきました

    でも、まだマインドレベルですが(笑)しかし、視点が違ってきました

    「あるがままに見る」自分に、これからもつながっていきたいと思います。

    涅槃先生、ありがとうございます

  7. shiho-fan より:

    すみません、、、またえらく長文の駄文に。。。。

    3行でまとめると、、、

    これまで・・・目の前にある現実世界を、切って切って切りまくり
    今目指すもの・・・1)目の前にある現実世界&目に見えない世界を、あるがままにできるだけ抱きしめようと決心→2)でも、まだすぐに切り裁いてしまって反省→1)に戻る

    失礼しました。。。orz

    • -自分- 涅槃 より:

      shiho-fanさん

      こんにちは
      街はあなたのやりたいことを
      いつも用意してくれている
      あなたのオファーをずっと待っている

      だがあなたが恐れる限り
      街は待ちぼうけだ

      色々な人々がいる
      好意的な人、嫌がらせをする人
      無愛想な人、利用してくる人

      彼らは何者だろう?

      あなたが彼らを察知しなければ
      彼らはその存在が起きてこない

      街はあなたを包み込んでいる
      あなたの為にあらゆるものを用意している

      うまくいくこと、
      いかないこと、
      それは一体なんだ?

      そこに気が付きなさい
      自由に泳いでいいのだよ

  8. aslan より:

    まだ、もうひとつ殻が破れないな。

    • -自分- 涅槃 より:

      aslanさん

      これは1年前の記事だ。あなたは1年後にコメントしている。殻は最初からないのだよ。

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