お金の話(3)

あなたが会社なり商売を始めるとき
当然計画を立てるだろう
人によりそのヴィジョンは様々だが
大きく2種類に分けられる

ひとつは成功するためのもの
事業計画その1としようか

いかなる失敗もしないよう
問題が発生しそうな要素をピックアップし
事前に対策を練っておく
可能な限りの想定トラブルを絞り出す
飲食店経営なら仕入れから漆器、人件費まで
収支の細かな予測、損益分岐のリスクヘッジ
つまりいかにして黒字を永続させるか
そこに重点を置いた作戦だ

その2は
何の苦もなく流せるように枠を作ることだ
お客が求めるものを
「はいどうぞ」
と渡すだけの仕組み

つまりそこに黒字や赤字の概念はない
ただ枠組みを作って流すだけだ

本書が日頃から伝えているのは後者だ
なぜなら「事前の対策」ほど
ナンセンスな話はないからだ
不安をベースにしたプランニングなんて
どれも滑稽なものとなる
まだ実際に起こってもしない出来事に
あれやこれやと思案する
いつまで経っても決着しない

毎日自分にプレゼントをするにも書いたように
出来事は必ず想定外から動き出すものだ

あなたが500もの予測を立てたところで
世界は必ず501番目の出来事を起こしてくる

だから想定外を
受け入れることが基本なのだよ
そこにあなたの「成功計画」は
とても邪魔なものになる

流れに抵抗を生んでしまう
抵抗、つまり苦のことだ

 

あなたの先輩たち

そしてビジネスを始めだすと
もうひとつ降りかかってくる罠がある

先日、村上春樹が自身の記事で
作家になる前に経営していた
ジャズ喫茶の話をしていた
ジャズ好きが高じて喫茶店を始めたが
経営をしながら
毎日聴こえてくるジャズが苦痛となり
喫茶店をやめてからも
ジャズを聴くことが
数年間できなかったという話だ

また漫画家の安野モヨコ、
前向きで強い女性を主人公にした作品で
知られる彼女だが
彼女自身、鬱病の中でそれを描いていた

両氏とも共通しているのは
それが職業だということだ
村上氏は
お客に素晴らしい空間を提供すること
安野氏は
読者に素晴らしい理想を提供すること
ジャズ好きであらねばならない
強い女性像を提供せねばならない
そう背負っていたのだろう
本当のところは本人しかわからないがね

どちらにせよ
2人ともその仕事から遠ざかってしまった
(村上氏は作家業へ、安野氏は5年後復帰)

「私は何がしたかったのだろう」
いつの日かその疑問にぶち当たる
これはあなたにも言えることだ

私も多くの商売をしてきたが
いつもそこに辿り着いてきた

「いったい何がしたかったのだろう」とね

いつもしばらく後で気付いたものだ
「流れていれば良かったのだ」

 

エゴ

つまり「より良い空間を提供する」だとか
ネガティブな読者に
「パワーを与えたい」だとか
そんなことに意識を向けるから
独り善がりの世界となる

これは事業計画その1と同じ罠だ
いかに黒字を叩き出すかという計画
それと同じく
「制限された世界」を生むだけだ
前回も書いたが「予測不能」という
あなたを流してくれる素晴らしい力を
あなた自身で弾き返してしまっている

そうじゃないだろう

あなたはジャズが好きだった
ただそれだけでいいのだよ
喫茶店もやればいい
そこで好きな曲を流していればいい
好きなことだけやってればいいのだよ
村上春樹はそこに気が付いたから
開眼した生き方を
そのまま作家業に繋げていった
明らかに彼の作品は媚びていない
自分の書きたいがままに書いている

安野モヨコも5年のブランクを経て
ようやく気が付いた
「そうか、
私の好きなようにやってればいいんだ」
とね

アーティストのBECKなどもそうだね
最初は自分の好きなことをやり出す
ギターとサンプリングの融合
ノスタルジーな世界観
まさに彼そのもの
ミュージシャンではなく
BECKそのものが職業だった
それが受けた
CDはどんどん売れた
ライブツアーも満杯だ

ところがお客のニーズに応えるようになる
そうして苦しみだす
BECKという商売を始めてしまう
もう彼はいない

さらにそのビジネスを維持させようと
収益も求めるようになるわけで
もはや「好きだったこと」はどこにもない
輝く彼もいない
そこにあるのはニーズとマネー
その正体はわかるかね

本人のエゴだよ

 

店に客が来ないのも流れ

村上氏の話を
事業計画その2で照らしてみると
ジャズや喫茶店が枠となる
そこで好きなようにやっていくだけだ

だが「沢山の人に提供したい」
そう思ってチラシを作る

この発想は「その1」だ
言葉の節々からエゴが滲み出ている
無論「もっと客に金を落とさせたい」
これも流れに抵抗している

いいかい
あなたの店に客が来ないのも
「流れ」なのだ

流れを止めてどうするのか
抵抗が生むのは苦しみだけだよ

お客がこなくて
家賃の支払いができないならば
じゃあ次のことを始めてみよう、
というサインだ

だからね、成功とか失敗とか
そのように捉えること自体が
エゴの範疇なのだ

「好きで店を始めたが客が来なくて閉めた」
オーケー、それがパーフェクトだ
それでいいのだよ

やっちゃいけないのは
客が来なくて思い悩み精神障害になり
周囲を巻き込んで
ネガティブ・ザ・ワールド
多額の負債を抱え続けて自転車操業
あなたはいつまで
流れを止め続けることに
パワーを費やすのか

世界という美しい流れを止めるために
いくらの借金を重ねて
いくらの人生の楽しめる時間を潰して
魂も精神も悪魔に食われ続けていくのかね

それは流れではない
流れを止めているのだ
「流れを止めるという流れ」を
人間には作り出せてしまう
いわば本流から分岐した支流
そこには必ず不調が起こる
マインドの欠陥
つまり不幸を感じるようになる
支流の行き着く先は海とは限らないからだ
どこかの溜め池で蒸発して終わる
途方もない不安感

世界は色を失い
地獄の底で匍匐前進している自分に
気が付いたとき
「私はいったい何がしたかったのだろう」
となるわけだ

チラシを作るのは良い
どんどん作りなさい
だが作るなら
その2で捉えなさい

あなたが楽しむのだ
あなたがあなたの為にやるのだ
それを忘れないようにしなさい

トータルに物事を捉えなさい
ある範囲からある範囲までの流れは
その限定した小さな枠の中だ
その小さな枠だけに
あなたの人生を収めちゃいけない
楽しみたければ枠を沢山作りなさい
それがクリエイティビティというものだ

 

捉え方を変える

少し話を飛躍させるが

年商10億のビジネスを転がす実業家ですら
1円にも繋がらなかったビジネスを
いくつも経験している
それは過去の修行時代だとか
そんな美談じゃなくて
常にリアルタイムで起こっていることだ
例えば新事業を加えたが
かすりもしなかった、などね
公言する必要がないから
人は知らないだけで
そんなこと日常的である

月に100万稼ぐアフィリエイターが
作ったサイトも
1000円しか稼げせず
不発に終わるのも茶飯事だ
それで普通だ
ごくごく当たり前の話

いくつもやって
ああ、これはうまく流れた
ああ、これは流れなかった
その視点があるだけなのだよ
トータルの視野
つまり一段階上から見下ろしなさい

すべての自由は
ひとつ上の枠の中で存在できる
川の全体像を知るには
丘の上に登ればいい

「あそこの川は流れが強くてこちらは弱い
あれは本流から枝分かれしてる」
そのように川全体を見下ろしているとき
全ての川は「あなたの中」に流れている

だから成功とか失敗とか
そんなことはどうでも良くて
自分が楽しめるかどうか
実際にやってみるかどうかなのだ

あなたが運動場で○×ゲームをしたいなら
土にマス目を描く
それが枠だ
そうしてゲームを楽しむことができる

そのゲームの中で
友人と白熱するならば
それが流れだ

枠を作って
その中で流すのだよ

だがあなたは1つの商売だけで
成功するか失敗するか
生きていけるか死ぬか
尊敬されるか恥をかくか
そんなことばかり

川に巻き込まれていると錯覚し
流されないように
逆流しようなんて論外だ

何かをやる度に
そんな賭け事なんてしていたら
不幸な人生になるのは
ご想像に容易いだろう

 

神の遊びをする

ビジネスだけじゃなく
すべてにおいてそうだよ

お金だとか生活だとか
そういう区分けはどんどん捨てなさい
職業もそう
全部同じものだ

職業は関係がない
ラーメン屋だろうが
印刷屋だろうが
それは外側の見た目が違うだけで
やっていることは全部同じ
つまり職業など幻想なのだ

何をするかといえば
人との繋がり
流れを流すこと
お金は人から流れていき
そして人へ流していく

つまりビジネスとは
人との繋がりの輪に参加するということだ
お金がどうこうという話じゃない

あなたが店を始めるとき
どうしたら黒字で納め続けることができるか
ばかりを考える
それはいかにして人から金を
かすめ取るかという思考になっていく

それじゃだめだ
それはビジネスじゃない

その影響でどんどん疑心暗鬼になっていく
人が怖くなっていく
対人恐怖症になる

人嫌いの者の多くは
エゴに支配されている場合がほとんどだ
自分の主張を翳そうとするが
世界の流れに引っ張られる
そこに恐怖する
「自分はダメな人間だ」
「自分は相手にされていない」
「誰もわかってくれない」

いいかい
「自分」なんていないのだよ
エゴはそれを錯覚させる
つまり怯えているのはエゴなのだ
自らの存在を保ちたい
だからそれを脅かされる環境を嫌う
逃げる
隠れる
あげくに他人や社会のせいにする
つまり自分自身で
自分に恨みを持つようになる
あなたが攻撃する他者とはあなたのことだ
他者を攻撃するほど
すべてはあなたに返ってくる

村上春樹も安野モヨコも
いかにして提供するかばかりを
考えていたから
好きなことが嫌悪の対象となってしまった
だが彼らはピュアだ
自ら生まれたものを誰かのせいにせずに
身を引くことを選んだ

だが多くの人はそうはならない
もっと稼ぎたい
もっと必要だ、とメフィストが扇動する

金儲けの本にバカみたいな極意が書いてある
「お客の額に1万円札が貼ってあると思え」

くだらない

世に出回るビジネス術や
自己啓発書の多くは
対人恐怖症の症状を悪化させるだけ
つまりエゴを増長させるエサとなっている

何を読むのも勉強にはなる
だが自分の心の動きに注意しなさい

自分が他人よりも優れようとしていないか
いまよりも良い状況になろうとしていないか
成功をしようとしていないか
金持ちになろうとしていないか
などだ

まず「いまが最高である」そこに入りなさい
思い込みでもいい
まあすべてが思い込みだから思い込みでいい
あなたがそう思えば思うほど
あなたは常に最高となる

最高であれば求めることもないだろう
ただ枠を作って流して楽しむだけだ
まさに神の遊びとなる

 

すべては循環している

ビジネスとはお金が流れているところに
参加するだけ
そこに枠を作って流す

喫茶店やレストランでも入ってみればわかる
隣の席のお客同士が会話をしているとする
ひとりが言葉を発する
その言葉が空間を漂い
そしてもうひとりの耳に消えていく
あなたの耳にも消えていく

これがフローだ
キャッシュフローとは
単に言葉が金銭に変わっただけのこと
本質はすべて同じ

だがそこにいなければ
誰かが虚空から言葉を生み出さないし
その言葉をあなたが
虚空に流していくこともできない
だからまずは枠を作るのだよ

好きなことをやりなさい
だけどもあなたの為にやりなさい
そしてお金は
決してあなたのものにはならないということ
お金とは、単なる流れの状況のこと
そういう意識があなたにお金の流れを作る

それがせっせと貯金したものだろうが
宝くじで当たったものだろうが
すべてあなたのものではない
所有しているのは数値と紙と金属だ
それは流れではない
消えてなくなるものだ

川の側に立ってその流れをご覧なさい
お金に限らず
すべてのものが
その川と同じ

あなたの小さな視界では
川は虚空から来て虚空へ消えていく
つまり視界の外から入り、
視界の外へ消えていく
だが大きな視野からは
すべてが循環している

あなたの世界を
絶え間なく流れているエネルギー
それは決して止めてはならない
あなた自身も流れに委ねなさい

これで「お金の話」は完結とするよ

 

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コメント・質疑応答

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  1. mm より:

    ありがとうございます。

    いっぱい言葉を書きたいのですが、もう出てきません。

    ありがとうございます。

  2. より:

    おはようございます。

    この記事がきっかけで安野モヨコさんについて調べてみたら、すごく参考になりました。

    安野さんにとって夫の庵野秀明監督は、だらしなかったり前向きでなかったりする自分も安心して見せられる存在とのこと。
    つまり、あるがままでいられる関係とのことでした。

    これは自分自身をいたわり、ねぎらう安野さんのハートが、旦那さんの存在という形で投影されたのではないかと、そんなふうに思いました。
    なんていうか、まずはじめに自分自身への「気づき」があって、それを起点に世界が作られていくというか。

    とにかくお二人のパートナーシップがとてもうらやましく、自分もはやくそういう人を投影したい、と思った次第です。

    この記事はお金がテーマですが、読み返すと別の切り口も見えてくるなと思いました。

    自分さんの文章はいつもとても示唆的で刺激的です。
    そしてリラックスできます。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>虎さん

      あなたがそのように
      何かを調べてみたり
      得られた情報を見たりするとき

      あなたとその対象の間でスパークが起こっている
      そのスパークが本当のあなたの姿なのだよ

      仏教では
      現世は本当のあなたへ帰るための修行である
      そのように表現されるが間違いではない

      我々は対象に囚われてしまう
      それは単なる引き金に過ぎず
      対象間のスパークに気が付かなければならない

      現世とは対象、つまりカタチの世界であり
      そのカタチを通じて起こる気づきが
      まさに「気づき」なのである

      あなたが刺激を感じているということ
      その刺激自体があなたなのだよ

      あなたの言う通り
      言葉としてお金をテーマになっているだけで
      それら概念は何にでも置き換わる

      いずれ「お金」も「相手」も超えていくだろう
      そこには何もなく
      ただ「感じること」があったのだとね

      ありがとう

  3. より:

    いつも丁寧なアドバイスありがとうございます。

    そうですよね、そのビビッと来る感じ、スパークする感じがうれしくて、知らない人に会ったり、新しい情報がほしくなるのかもしれません。

    そうやって本来の自分を知っていくのでしょうか。

    最近は想定外のことが起きても拒否せず、なるべくそのまま受け入れるようにしているのですが、はじめはハプニングが面倒くさいと思っても、それに向き合うことで結果として自分がリフレッシュされているような気がします。

    日常って気づいてみれば、未知との遭遇だらけですよね。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>虎さん
      すべては想定外から起こる
      そして生とはマインドの幻想の中、
      マインド=時間、
      つまり生とは時間のこととなる

      時間潰しなどを探し続ける人がいるが
      なんということだろう
      時間こそが生なのだ

      そしてハプニングごそが
      生がもたらす最高の贈り物

      >日常って気づいてみれば、未知との遭遇だらけですよね。

      その通り
      ソクラテスは最期にこういった
      私は”何も知らない”ということだけ知っている

      これが何を意味するのかは
      あなたが話していることそのものだ

      何も知らない、そういう生き方をするとき
      あなたの中の余計なものが落ちる

      一度そこに意識を向けて過ごしてみなさい

  4. より:

    今の仕事を始めるとき、世のため人のためになるようなことを仕事にしようなどと自分に言い訳をして、職につきましたが、毎日が苦しくて苦しくて仕方がなかった。
    今も苦しい。そして、今度は自分の好きなことを仕事にすると言う目標を持ちますが、すると好きなことをしていない自分のありかたが、苦しくて苦しくて仕方がなくなる。ネガティブな流れを作り出してきたし、今もそのなかにいる。
    苦しい。どうすればいい?

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん
      幸せは自ら作り出すものだ
      あなたが別の仕事に就いたところで
      同じことになるだろう

      だがあなたがいまの仕事で幸福を作り出したならば
      どこへいってもあなたは幸福だ

      つまり外側が幸福を運んでくるのではない
      幸福は探すものではなく
      あなたが作るものなのだよ

      その職場で作ってみなさい
      それがあなたのテーマだ

      仕事を始めるとき、そのように考えていたのなら
      そのときあなたは「作っていた」のだ
      だがいまは作っていない

      それだけのことだよ

  5. より:

    別の筋道を作ろう作ろうとしていました。
    脱サラして、好きなことをして生きると言うのが目標でした。
    なので、目の前のことが嫌で嫌で仕方なく、仕事も「好きなことをするための仮住まい」的な意識なので、全然周囲とも仲良くなれません。
    マインドは二つの解決法を提示しました。
    ①嫌な事はすっぱりやめて、やりたいことをやろう
    ②生活を安定させるために、いやなことでも続けよう

    今の仕事で幸福を作ってみます。
    今まで何度もそう思ったのですが、潜在意識に跳ね返されてしまうのでしたが、なんとなく出来るような気もします。
    出来るような気がしないことは出来ない。出来るような流れが多少生まれてきたと言うことなのかもしれません。大いなる全体性よ。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん

      あなたは「いまの現状」から「どうするか」を考えている
      だが、いまの現状も、どうするか、もあなたの中で起こっていることだ

      だから好きにやればいい
      どちらを選んでも「あなた」という水中の中だ
      正解も不正解もない

      それが全体性だよ

  6. より:

    私の中で起こっているのに、それゆえになのか、マインドの望む通りにはならないですね。
    職場に行くと、私は非常に緊張してしまうのですが、私の中で起きている現象なのに、何でそんなにすくみ上がる必要があるの?といつも思います。
    彼は私だ、彼は私だ、この「場」も私だと唱えるのですが、やはり心が強ばってしまう訳です。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん

      >いつも思います
      その時点でわかっているのだよ
      職場の人々、業務、
      それらはあなたの中にいるのだと
      あなたは知っている

      だがそうではないことにいようとする作用がある
      それがマインドだ

      どちらにしろ
      あなたが会社を辞めたとき
      またはあなたが死ぬとき
      すべては「あなたの中」にあったと知るに至る

      ただ流れているのだよ

  7. より:

    要はマインドが価値判断をやめたら成功も失敗も無いのだから好きなように生きなさいと言うことですよね。
    もっとも価値判断をやめたら好きも嫌いもない訳ですが。

  8. より:

    私と言う水の中で水を汲もうと苦しんでるのですね
    黄金を求めてたらその上に寝てたみたいな。
    今、この時点で最高の満足や幸せを感じていないとおかしいですよね

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん

      >>好きなように生きなさいと言うことですよね

      それも解釈だ
      あなたが「全体性」そのものであるとき
      一切の解釈はただそこにあるものとなる

      そこに思考らしきものがあれど
      それは机に置かれたペンと同じ
      ただそれはそこにある、となる

      例えば、あなたが全く関係がない議論があるとする
      インターネットの掲示板で議論されているものや
      国会中継でもいい
      目にすることがあるがあなた自身は
      「私には関係のないことだ」と自覚するまでもなく
      そのように捉えている

      あなたが「自らの思考」を同じように「目に映ること」
      それが超越だよ
      幸福も満足もなく
      ただ勝手にそれはそこにある

      眺めること、それすらも自発的だから
      ただ目に映っているだけ

      いま何歳かな?
      たとえば30歳だとしたら
      30年間の蓄積があなたの人生の経緯だと考えているだろう
      だが「たったいま、私はここに生まれた」と捉えてみなさい

      あなたの持っているものすべて
      名前も環境も性格も知識も
      30年間の過去がなく
      たったいまそこにすべてが発生したと考えてみる
      実際それが本当のところなのだよ
      過去を持ち運ぶから
      物事を俯瞰することができず
      意識に刻まれてしまう

      あなたがそのように真実を捉えるとき
      思考もただそこに置いてあるものとなる
      そこに解釈や判断はなく
      求める気持ちもなく
      ただの「発生」が起こっているのだ

  9. より:

    にゃるほど。楽しく生きれそうです。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん
      そう、楽しむことが一番大事なのだよ
      人間としてのあなたが楽しむのではなく
      世界が楽しんでいることを感じるのだ

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