なぜ生きているのか

毎日色々なことが起こるだろう
それはあなたが意図したこともあるし
予測しなかったこともある
そうして日々は過ぎていく

日々が過ぎた最期の日
つまりあなたが死ぬ日だ

そこでやっと気が付く
ああ、すべては勝手に進んでいた、とね

あなたは見ていたのではなく
見せられていた
聞いていたのではなく
聞かされていた

だがあなたが「マインドから離れる術」
を理解していたらならば
少し見解は変わる

私が私に見せていたのだ
私が私に聞かせていたのだ、となる

どちらにせよ
あなたが野球というテレビゲームをする以上
そこには野球しかない
野球がすべてであり
あなたの世界とは野球のことだったわけだ

そういったことを最期の日に知る
すべては思い出だったのだとね

どれだけ四苦八苦しようと
楽しんだり悲しんだりしようと

すべてはそれらを
経験するためのものだった
そのように受け取ることになる
1分後に死ぬとイメージすれば
悟りなどなくとも理解できるはずだ

すべては思い出作りなのだよ
あなたが経験するすべて
それがあなただったのだ

だから経験する主体のあなた以外のすべて
つまり「体験」があなただったのだ

見るもの聞くもの
好きなもの嫌いなもの
嫌いな上司
行きたくない職場
そのすべてを受け入れてあげなさい
それはあなた自身を知るということなのだ

あなたが自らの人生に
「まあこれはこれで悪くない」
とするならば
それはあなたがあなた自身を
賞賛しているということだ

それ以上の素晴らしさはないのだよ

 

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