人間関係のイロハ

人間関係で悩むあなた
家族、恋人、他人について
あなたはこう思っている

「なんで私はこうなのに、
あの人はこうなのだろう」

まあ世間一般でいう「決めつけ」
というやつだ
あなたが「これは赤に見える」
でも誰かは「それは青に見える」という

そんな話に解決を求めるのかね?
「私には身近にこんな人がいます─」
そんな話を多くの人から受ける

誰かは、ただ生きていた
だがあなたはその人にこう思う

「あなたのせいで
私がどんな不幸を背負ったのか」とね

その人はただ生きていただけだ
ただ、思ったことを口にしただけだ

それなのにあなたときたら
「あんたのせいだ」という

家族でも恋人でも会社の上司でもいい
いいかい、あなたの見えているものは
すべて心の世界なのだよ

その誰かは実在しない
あなたの心の中で作られた実在しない人

大事なところだから覚えておきなさい

あなたがそのように見ているから
その人はそのように存在している

つまりあなたの世界の責任は
あなたにあるということ
そしてあなたの中に
すべてがあるということだ

そこに世界があるだろう
だがあなたの中に世界がある
その世界にあなたはいるが
そのあなたの中に世界がある

あなたの認識する中に世界があるが
その世界の中にあなたがいる
だけども、そのあなたの中に世界がある
その世界の中にあなたがいる

このパラドックス

科学や矛盾という概念
それらもあなたの世界のお話なのだよ

だからあなたがすべてを許せば
それらは解放される
あなたがお金に困っているならば
お金のことは忘れなさい
すると世界からお金は消える
あなたは何も困らない

あなたが誰かを憎いとするなら
その人を許しなさい
するとその人は世界から消える

どこかに行ったり
死んでしまったり
何らかの方法で消えていく

だが彼が消える前に
この事実を悟らなければならない

なぜならば許さないまま
彼が消えたとき
彼女が消えたとき
あなたは永久に罪悪の念に囚われるからだ
すべては己が作り上げていたことだと
その人が消えたときにわかる

だから許すのだ
その人はただあるがままに生きているだけ
あなたが自分の不都合を
押し当てていたのだよ
そんな世界を作っていた
苦しい世界を自ら作っていた

結構なことだ
それもひとつのヴィジョンなのだろう

だが苦しいなら
いますぐやめなさい
その人はいない
実在しないのだよ

あなたがそのように作り上げているのだ

あなたが変わればすべてが変わる
人も経済も宇宙も
何もかもが変わる

騙されたと思ってやってみるといい
本当に変わるから

 

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コメント・質疑応答

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  1. 困ったさん より:

    すみません。長文を。
    変え方w、変わり方が解りません。
    無理にしかならないのです。

    死は肉体としてはあるんですよね?
    記憶をリセットされて又別の生物などに輪廻するという意味でしなないという意味ですよね。
    欲しいものが諦めきれないなら
    どうしたらいいのか変え方や諦めかたがどうにもならないのです。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>困ったさん

      ちょうどあなたの返信を書いていたところだ
      何もかも、どんな人々も
      すべてあなたの体験の中にあるということ
      そこに気がつきなさい

      それはどういう意味だろう?
      あなたがその人は優しいとすれば
      その人は優しい人だ
      キツいとすればそうだ

      ならばその人々は一体誰なのだろう?

      あなたの解釈ですべては決まっている
      それがあなたの見ている世界だからだ

      いいかい
      あなたと他者は根本的に違うところがある
      あなたが歩くとき風景そのものが迫ってくるが
      他者が歩いている姿を見るとき
      あなたからは風景の中で他者が進行している様子がある
      何に於いてもそうだろう

      すべてあなたの中にあるのだよ
      妄想を絡めてはならない

      あなたが釈迦を知っても
      宇宙の科学を知っても
      黒魔術を知っても
      幸福や不幸を知っても
      すべてあなたという中のイベントに過ぎないのだ

  2. 困ったさん より:

    ありがとうございます。
    ですがもう現世利益がないなら
    釈迦も宇宙の科学も知ろうと思ったわけでなく疑問に思えば情報が勝手に現れるように知った。
    同じように幸福感を感じたいと思えば幸福感を感じるような出来事がくるかといえば来ない。
    物知りになっても仕方ありません。
    幸せが蜃気楼に過ぎなくとも慢性的欲求不満でもう見方さえ変えれないのです。幸せと感じ取れる物質、物事が現れない。私の解釈感性は頭でどうにもならないので。ただ純粋な怒りの物体は現れてくれます。
    で怒りまくり燃えカスのようになって空しさしか残らない。見方をかえよう解釈変えようするのエネルギーがもう沸いてこないのです。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>困ったさん

      ひとつ聞くが
      なぜ不幸をそこまで避けるのかね?

      不幸を「得たい」とは思わないはなぜだい?
      幸福だけが望みなのかな

  3. 困ったさん より:

    不幸はもうご馳走様です。
    もう嫌というほど味わった。
    愛別離苦も経験しましたし生老病死も死以外は経験済みです。
    もう感性が鈍って何をみてもグレーにしか移らない時間がただ空しく過ぎていく感覚に耐えられないのです。
    マインドを頭をわって手でとりだせたらどれだけ簡単なのか。
    思考してはいけないと思っても思考してしまうし流せといえばイメージばかり浮かぶ。ただ明日がこないよう祈り寝るだけ。幸福だけしか正直いりません。幸福50不幸50とは望まないが幸福感30不幸70くらいでもいい。たかが解釈の問題と思っても
    感じる幸福感は0で今は不幸感100%です。それを見方を変えようやらすればするほどエネルギーばかり使って疲れて疲れて実はもう簡便感覚なのです。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>困ったさん

      メールを送ったからそちらを見なさい
      同じことを書くが
      すべてあなたの経験なのだよ
      そしてあなたが作り出していることでもある

      もし現実を変えたいのならば
      あなたが変わることだ
      あなたが幸福というカラーをまとえば
      世界は幸福となる
      だけどもそれはカラーなのだよ

      あなたが不幸であるという現在、
      それはそういうカラーを
      あなたが見ているだけなのだ

      誰かから見ればそれは幸福に見えている
      そういうものだよ

  4. より:

    不幸を避けると流れに乗れない気もしますね。
    徳川家康の一生を見ると不幸だらけなのですが、不幸もふくめて

  5. より:

    不幸を避けると流れに乗れない気もしますね。虫歯を抜くには注射もしなくてはならないし、その流れが抜歯と言う現象ですしね。注射は不幸かといえばそうとも言えない。注射を恐れて抵抗している限りは事が終わらないし始まらない、

    • 自分 -涅槃- より:

      >鯤さん
      不幸も痛みもそこにあるものだ
      それをそのまま感じ取ればいい

      いま空気に包まれているだろう
      それと同じだよ
      それが「いま」という性質だ

      それは始まりも終わりもない
      あなたが歯医者に到着する直前から施術中
      そして終わった後
      それらをコマ割りにして捉えてみなさい
      そしてそのシーンひとつを眺めなさい
      どれも時間の経過はない

      その瞬間にその包まれるもの
      それが起きているのだよ

      時間の経過はあなたに不幸をもたらす
      あなたに拘束をもたらせてしまう

      そうではなく
      「そのとき」に在りなさい

  6. より:

    ご無沙汰しております。

    以前のコメントで、私が仕事を辞めることについて自分さんからは、未来を見ている、現実逃避になりかねない、とのコメントを頂きましたが、結局は辞めることになりました。

    いやなものはいや、不幸の源からは離れる、それだけでストレスはだいぶ減るように感じます。

    困ったさんやいま不幸を感じてる人は、すぐにそれを辞め離れて、好きなことをすればいいのに、と思ってます。

    ・仕事を辞める(嫌なことは辞める)
    ・人間関係を切る(嫌いな人から離れる)
    ・自転車に乗る練習をする(好きなことをする)

    自分さんは、不幸に没頭するようにいつも話されてますが、私はそうは思ってませんでした。不幸を辞めて気がついたことですが、好きなことがなければ、人生暇ですね。人生もういいかな?とか思うようになります。本気でそう思ってます。もういつ死んでもいいや、と。

    まぁ死ねないんですけどね。
    こんな人生ですが、それでもいろんなイベントは起きてて結構満足してます。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>幻さん

      やあ
      あなたの積み上げてきた常識が
      「仕事を辞めること」がレールを逸れることならば
      あなたの見解はそうなのだろう

      だが私の見る世界とは
      私がどう生きようが
      世界は存在しているのだ、ということだ

      つまり私がここで白と書こうとも
      黒と書こうとも
      「私が書いている」すなわち
      「世界にそれが起きていること」
      それを許しているということとなる

      >自分さんは、不幸に没頭するようにいつも話されてますが、

      不幸を不幸として見ている以上
      そこに不幸が起こる
      そうではなく
      その種を刈るのだよ

      希望という闇を捨て
      求める気持ちを捨てることで
      心に充満する黒い霧は消える

      あなたは動きを起こした
      以降は水の中で藻掻かないように心掛けなさい
      流れのままに在りなさい

      同じ不幸を作り出さないよう
      常にいまに在りなさい

  7. より:

    事が起こった→事が終わった。

    出来事が起こったけど、すかしっ屁のように呆気なく終わると言うこともあるのでしょうかね。

    そもそも事を起こしているのは何か
    まず内的衝動が上げられますよね。
    例えば、会社を辞めたいとか映画監督になりたいとか言う内的衝動が無ければ、外的誘因(チャンス)がいくらあっても、事は成立しません。
    また内的衝動が無いのに、例えば、学校の先生になっても、全然仕事が成立しないでしょう。昔なら窓際族。
    でもマインドはこの職場にいる理由をいくつも発明するでしょう。
    このような状態が出来事が起こらない状態かと。まあ、これもマインドが考えている理屈ですが。
    内的衝動を解放して生きるならば、自我が思いもよらない出来事が様々起こるのではないかと。
    多分、自我があらかじめ設定した目標とは逆のことも。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん

      例えば、あなたがそのように考えていることも
      さらに大きな「理屈の中」では
      単なる計算式のひとつとなる

      どれだけ緻密な計算があり
      その計算が答えを導こうとも
      その計算そのものを計算している
      さらに大きな計算が同時に起こっている
      そうしていくらでも上位へつながっていく

      だけども
      上位が下位を包括しているのかといえばそうではなく
      下位があるから上位が存在できるのだ

      それらは対の関係であり
      つまりは「ひとつのもの」となる

      あなたが道を歩くとき
      肉体が進行していると感じているが
      風景がこちらに進行しているとも解釈できる
      肉体と風景が対の関係であることに気がつけば
      そこに「いまここ」の次元が起こる
      進行など起こっていなかったのだ、とね

      ただ漠然とした何かが
      そこにドンと広がっていることが
      わかるだろうか?

      だからが何を思考したところで
      その思考は起きていないのだ

      ただそれがそこにある、とうことだよ

  8. 困ったさん より:

    幻さん。アドバイスありがとう。
    同じく好きなことが無くなってしまった。(見えなくなった。見つけられなくなった)になってしまいました。昔好きだったことを始めてもノルマのようにしかなりません。不幸感というより疲れた感です。もがこうやら気持ちを変えようなどとしてきたことに疲労感が強い。

    同じくいつお迎えきてもいいです。
    痛いのやら苦しいそうなのが怖くて自らは死ねないんですけどね。
    だけど本当に死ねないってことはないですよね。それなら拷問です。
    いつでも死ねる、その気になればいつでも死ねるからと思いながら時間を過ごしてる間あるので、死ねると考えるからこそ楽になれる時もあるので。
    このキャラクターの終わりはあってほしいと願っています。
    みなさまが健やかで幸せであれますように。

  9. より:

    >>困ったさん

    私も昔好きだったことをやってますが、確かに以前のようなドキドキワクワク感はありませんね。惰性で続けてるような感じになってます。
    疲れた感もわかります。私の場合は主に仕事が原因だったのですが、辞めて結構楽になりました。困ったさんは何に疲れてますか?先のことは考えないで今つらいことは全部やめれば楽になれますよ。

    以前本気で自殺を考えたことがあります。どうしたら一番楽に死ねるかな、と。
    ひじの内側の動脈を切って、傷口がふさがらないよう浴槽で水に流しながら、というのが一番楽かな、と考えました。
    でもいざやろうと思うとマインドが邪魔するんですよね。
    そういえば実家の押入れにエロ本隠してたな。死んだあとの身辺整理で見つかったら恥ずかしいからそれを処分してからにしよう、とかね。
    先日、祖母が亡くなって久しぶりに実家に戻ったとき、押入れの中や部屋をいろいろ探してみましたが、結局どこにもありませんでした。
    今度は、必ずあるはずだから部屋のもの一通り処分したら死のう、とか思ってます。

    たぶん困ったさんも、自殺のことは考えるけど、本気で死ぬ気はない、ということでしょうか。
    私のいつ死んでもいいや、というのは、お金がなく仕事も見つからず食べ物に困り果てた末の餓死、とかそんな感じのです。
    自殺や死についての思考も、イベントのひとつですよね。あーいま俺こんなこと考えてるのか、ぷぷっ、とか思えるようになりました。

  10. 困ったさん より:

    私は持病、家族、仕事です。
    持病と派遣から収入安定せず家族にも頭が上がらない。愚痴きいてくれる兄妹のような親友も10年前に些細なイザコザから縁が切れました。現在、家族にも親戚にも疎まれて嫌われているように感じてしまい孤独感に苛まれています。幻想とはいえ実際嫌われてる幻想作ってしまってるようです。

    家族仲が良くなく甘えて負担になっているのに気づいてるが将来不安、生活不安からでるにでれない情けなさですね。
    一人で生きる自信が持てない。情けないのにそれが苛立ち(本当は自分自身に)
    親に無意識に怒りをぶつけてしまう。
    甘えさせてもらってる以上は従わねばならない。けど色々家族関係は難しく複雑で仕事ほど割り切りがきかず悶々です。
    幼少のころは恵まれた家庭でした。中流サザエさん家庭のようなボンボンお嬢気取りの甘えっ子育ちが10歳の時、父の死で生活が反転しました。その10歳までの恵まれた頃の幻想、家族はこうあるものから抜け切れないのです。時が止まったように大人になりきれないのです。
    いつまでも当時得られなかった母親の愛情を無意識に求めてる。
    未だにそのころの幻想を大事に握ってる。取り戻したくて取り戻したくて取り戻せはしない幻想。大人になれない自分自身にもイラついてイラついてウンザリです。

    身辺整理は大して必要もないし通帳、預金の詳細書いた紙は残しておりますが怖いのは痛い苦しいのが大嫌いです。痛い想いも結構したのでもう御馳走様です。
    こればっかりは慣れません。

    過去、何回か今から死のうと決心固めたのだけど気分だけ淡々と保険の整理などしてそのうち気分が変わり又いつもの日常への繰り返しへのループでした。
    だから何だかんだいって死ねない自分、死にたくない自分には気づいてます。
    ただその気分が変わる時は本能がどこかで死にたくないというせいか、妄想めいた希望を未来にもってしまうんですよね。(勉強して国家資格とったらなんとかなるよとか、死んだ気になってやりなおせばなんとかなるよとか)
    でも何も変わらない。死んだ気になっても生まれ変わった気になっても。心をいれかえた気になっても。
    幾つかの資格はとれました。けれど生活状況は改善せず、不幸癖、家族の不仲も親が年取るほど不安要素増大ばかりで変わらない。

    最近は一般で通ってる社会通念としては早かれ遅かれ人は死ぬから。将来不安(職業不安、社会保障や増税不安、孤独死不安、老後不安、親の介護不安)そのようなリアル妄想の未来の不安と恐怖に押しつぶされそうな感じで。
    なかなか、現実逃避は出来ても心底からハードな幻想作ったな。ニヤリ、折角の不幸を楽しもう、今にいようとなれないのが本音です。

    シンクロやちょっと不可思議な現象は感じますが諦めきれもせず悟りきれもせず流れに乗ることもできません。不安が強くて強くて怖くて運命に委ね切れないですね。

  11. より:

    私がベッドに寝ている
    主体を変えると
    ベッドが私を包んでいる
    家が私を住まわせている
    宇宙が私を生かしている
    風景の方に主体を移すなら「私は私の中にいる感覚」が味わえますね
    マインドとは無関係に私が私以外のものに支えられて存在している様が見てとれます。
    でも、その感覚で日常を生きるのは難しいのではないかな
    一人静かな部屋で瞑想しているならば、そう言った宇宙感覚を感じることもできるが、今から二時間後、職場でタイムカードを押した途端、いつもの不幸な意識が主役の座を奪い苦しみを感じ続ける。
    そして職場のトイレでスマホを開き、涅槃の書のサイトを開き、私など居ないんだ私など居ないんだとか在り方を変える在り方を変えるとか呪文を唱えるが、トイレのドアを開けた途端、そんなことはいっぺんにぶっ飛んでしまい、マインドに支配される不幸な意識が私をを支配する。
    つい未来を妄想してしまったが、このシナリオ通りに現実は展開する。
    その意味で現実は私が作っているとも言えるが、マインドにこのシナリオを書き換える能力や権限は無い。
    書き換えられるならばとっくに書き換えている。
    今日も私は私の駄目っぷりを観察するしかない。
    「私」に感情移入しなければ、どんな不幸な人生も映画のように楽しめるはずと自分さんは言うが、退屈な映画を何度も見るのは苦痛だ。拷問に近い。
    多くののサラリーマンは毎日強制的にクソゲーを十時間以上プレイさせられると言う拷問を味わっているのかもしれない
    この刑期(サンサーラ)はいつ終わるのか。
    ある人はしっかり瞑想をすれば映画のシナリオを変えられると言うが、そんなに簡単にはいかない。
    むしろ、クソゲーから脱しようとすればするほど、クソゲーに引きずり込まれていく。

  12. より:

    テラララッパッパッパー
    「鯤は涅槃の書を手に入れた」
    RPGならば大幅レベルアップが見込めそうですが、これをマジで習得したら、現実でも大抵のモンスターは倒せそうな予感はする。とりあえず今日は感覚を深く味わう瞑想をしました。
    まだ、映画のようには感じられませんが、習熟すると、金属バッドでボコボコに殴られて殺されても北野映画を観てるような爽快感と癒しすら感じられるようになるものでしょうか。
    ある種マゾヒストは悟りに近いのでしょうかね。

  13. より:

    持病ですね、自分が病気や怪我をしたときのこと、想像したことあります。
    病気は飯山一郎の乳酸菌のことを知ってからは不安はなくなりました。
    怪我での生活不自由に関しては実際なってみないとわからない。
    メンタルな部分は一人になればいい。

    貯金があるならその間一人でだらだら生きる
    介護してもらってるとかで一人で生きれないなら、貯金があるならその間はヘルパーさんでもやとって生きる、ないなら生きてる間は好きなことをする

    将来のことは考えない、今の問題をどう解決するか、どうしたら楽に生きられるかだけを考える。

    私は楽に、それも自堕落に生きる方法を常に考えてます。

    お金を持ってて、目標をもってキラキラ生きてる人を見ると、単純にすごいなー自分にはとてもまねできないや、と思う。ただそれだけ。自分には関係ない。

    アニメ見て、ゲームして、気が向いたら自炊して、健康だけには気をつけてます。飯山一郎ね。親にも宣言してます。飯山一郎の乳酸菌覚えて健康だけは気をつけろと。絶対に介護はしない、とね。

    仕事は何か探そうかな、とは思ってます。気が向いたらね。今度は自分に120%ストレスにならないところに決めます。接客は好き、でも嫌な客には怒る、気が乗らない事はしない、週3~4日ぐらいの勤務、少しでもストレスになるところがあったら即やめる。いや、今度はやめる前に吐き出してからだね。それで変わらなければやめる。

    これは自分自身に対してのコメント、あーいま俺こんなこと考えてるんだな。

  14. ONEPOINT より:

    私は最近の人間関係の中で適度に距離を取る道を選びました。
    自分が壊れちゃ何もならないので。

    悟りを開けば壊れる自分も存在しないのでしょうが
    まだまだその境地には程遠い。

  15. 自分 -涅槃- より:

    多くのコメントをいただいているので
    ここにまとめさせてもらおう

    あなたがいまいる状況
    金銭苦だったり
    病気だったり
    失恋や失望など
    そういったネガティブな様子、風景

    あなたはそれらの風景を変えるため
    その逆の光景を求めようとする

    それがさらにその現状を維持させてしまうのだ
    現状とはあなたの「心」のこと

    お金のことを一切気にしなくなったら
    お金が入ってくる、のではない
    病気のことを一切気にしなくなったら
    病気が治るのではない

    あなたの心が変わる

    あなたの心が変われば
    もうお金も病気も存在しなくなる
    だから金持ちになるとか健康になるとか
    そういうものを超えてしまう

    わかりやすく言えば
    お金に不自由していない大富豪は
    金のことなど意識にない
    健康なとき
    病気のことなど意識にないのと同じ

    風邪を引いたり骨折したりして
    はじめて不自由の意識が世界に出現する

    だから「いまは耐える時期」だとか我慢するだとか
    そういうことをやり続ける限り
    その風景は続く

    だから忘れなさい
    諦めなさい

    本書はあなたのその現状を忘れさせる方法を
    記している
    あなたを諦めさせる法を記している

    そうして自由自在なあなたが出現するのだよ
    そこには「あなた」はもういないがね

コメント・質疑応答

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