奇跡のエネルギー

もっと自由になりたいと願うのが
私たちの常だが

しかし人生の最大の問題点とは
意外なところにあってね

それは避けようのない物事にしろ
なんでもない日常のひとコマにしても
それらをどのようにするかついて
自由に選択できてしまう」ところにある

ゆえに自由になりたいと願うとき
その願っている自由が本当は何なのかを
よく考えねばならないわけで

自由と思っていたものが
実は自由などではなく
その反対にあるということを見抜く必要がある

 

自由ゆえに人生はしんどくなる

たとえば小学生の頃の読書感想文なんかで
もっと自由にすらすら書けたらいいのになんて
思ったことがあるかもしれないが

それは実のところ
自由すぎるがゆえに
すらすら書けなかったんだ

自由とは結局は
砂漠に放り出されたようなもので
たしかになんの制約もなく
どの方向にも行動していける

だがまさにそれゆえに読書感想文ならば
言葉をあれもこれもと選べてしまうわけで
逆に制限していかないと
文章としてまとまらなくなるだろうし

それ以前に
何を書いたらいいのかさえわからなくなるだろう

それと同じで人生はどんな瞬間も
あまりに自由であることが一番の問題であり

苦悩したり疲れ果ててしまうのも
自由がないからではなく
あれこれ考えを浮かべてしまえるほどに
自由であるからというわけだね

 

人の性格は自由な選択があるからこそ

もちろん大体は
自らの利害関係を考慮して
お決まりの選択をするだろう

落として割れたコップを
そのままにはしないだろうし

会社で失敗したからといって
すぐに退職したりしない

面倒だと思いながらも
割れた破片を慎重に拾い集めるだろうし

出社するのが嫌だとつぶやきながら
やはり朝の支度をしてる

だけども破片はそのままにできるわけで
会社に行かない選択もできる

誰かとの会話もそうだね
会話とは言葉の選択の連続にある

だからたとえば一般的に
「好感度の高い返答の仕方」を知らないがゆえに
相手に不快を与えたり嫌われたりするが

それも裏を返せば
会話というものが
あまりに自由であるからだ

そうして自由に言葉を選べてしまうからこそ
いろんなタイプの人がいる

むしろ性格の違いとは
心の言葉の選択のことでもある

 

自由を制限することにこそ本当の自由がある

そんななかで「うまい方法」みたいなのがあり
たとえば教室なんかは
そうしたことを教えているわけで

その意味でいえば
宗教や自己啓発なんかにしても
なんらかの枠組みを与えて
自由すぎる人間の意思を
有用な方向へ差し向けられるように
あえて制限することにある

倫理や道徳というのはまさにその典型だね

誰だって悪意を持つことはできるし
くよくよ悩むこともできる

だがそれはそのように考えるからであって
じゃあそのお決まりの思考に縛られず
同じだけの自由な選択を
もっと良いほうに向けようというわけだが
まさにそれこそが本当の自由意志にある

これもよく話すことだけども
自由とは「自らに由る」と書くように

つまりあまりに自由すぎて手に負えないものを
自分なりの規範や道筋を
“自由に”作り出していくこと
それこそが真の自由ということだ

そう、水路だね

砂漠に水を撒いても
勢いなく拡散して終わるが
溝を掘って水路をつくれば
たしかに自由な広さはないが
しかし強い勢いを持って目的地まで流れていく

だから決して
拘束された毎日のなかで
また対人関係などに揉まれているなかで
それらから解放されることが自由ではないんだ

むしろその拘束されたなかで
自分なりの方法論や指針を定め直すとき
もうそれで自由を得ているということにある

 

奇跡のエネルギー

ここまでを踏まえてまとめながら
より重要な結論へとつないでいこう

まず人生において
もっとも骨の折れることとは

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