問題に直面したとき

生きてれば様々なトラブルや悩みが
次々と起こってくるだろう
だがあなたは
それらの問題を解決する必要はない
そこに意識を向けなくていい

トラブルはあなたが解決するものではない
自然と解決するものだ
その流れに任せておきなさい
つまり「問題」とは「自然」のこと
ただ起こり流れていくのだ
あなたが問題に直面したとき
解決をしようとするのではなく
常にそこにある「単なるやるべきこと」に
対応しているだけでいいのだ

単なるやるべきこととは
呼吸をしたり
右を見るときに右を見たりなど
「生きている」だけのことだ
それだけで十分だよ
それ以外に何ができる?

いままで自力で解決してきたって?
思い上がらない方がいい
あなたの力で天体の動きは変えられない
天候を変えることもできない
どれだけ健康に気を使っていても
病気になるときはなる
髪や爪の成長を止めることもできない
血液の流れを逆転させることもできない
通りの角から車や人が飛び出してくることすら
予測できない
ましてや、
「起きる出来事」を起すことも沈めることも
それをコントロールしようとすること自体が
馬鹿げている
出来事は起こる
起こるべくして
その出来事は必ず起こる
そして
「その出来事が過ぎていった」という
出来事も起こる

あなたは無力だ
あなたの好みや趣味、
関わっている人々の関係ですら
あなたが選んだものではない
ただ、そういう流れがあり
それに乗っかってきただけのこと
あなたは何ひとつ、何もしてこなかった
そして何ひとつ、何も解決してこなかった

あなたが途方もない努力をして
解決した気になっていても
それはあなたが解決をしたのではない
ただ出来事が自然に流れていったのだ
あなたは勘違いしながらひとりで戦っていた
とても滑稽な姿だ
これが多くの人の姿

トラブル、問題、悩み、なんでもいいが
それらは出来事だ
出来事をあなたが「問題」と定義する

人は問題事があると
それをスッキリと解決しなければ
次へ進めないと考える
それは間違っている

逆にこう書けば伝わりやすいかな?
言い換えればあなたが生まれ死ぬまで
人生に起こるすべてのどんな小さな出来事も
すべて問題なのだ
つまり数百万件というトラブルの集大成、
それがあなたの人生だ
だからひとつひとつの出来事など
相手にする必要もない
どうでも良いのだよ

まったく解決をせず
次へ進んでいけばいい

仮に解決へ向けて努力をし
ひとつ問題がクリアしたように見えたとする
だが「終わり」ではない
一本のレールの上の
ある地点からある地点の汚れを
落としたつもりになっているだけだ
レールはまだまだ繋がっている
すべての出来事はトータルで一本だ
だから分割して解決するものではない

だから問題解決に注ぐことに
精を費やすことは徒労だ
あなたの精神をひたすら蝕んでいく
あなたにダメージを与えているのは
「問題事」ではない

あなただ

よく覚えておきなさい
いまどんな状況にあったとしても
「解決をしようとして」解決はできない
出来事がただ起こっている
それを問題事としているだけだ
そして問題が過ぎていく
いつの間にか終わっている
過ぎるも終わるも、
それもそういう出来事がただ起こっただけ

いつも出来事が起こり続けている
ただそれだけなのだよ

そして大事なのはここだ
あなたは何もせず、何かをする
この真意を理解しなければならない
例えば食事のとき
あなたは「食べている」だろう
だが食べるという行為には
腕や指を使って茶碗や箸を巧みに動かし
顎や舌の筋肉、視線、姿勢、嗅覚、
感覚器官のすべてを活用していく

だけどもあなたは「食べている」という
認識だけしかなく
全感覚器官、全筋肉のすべてを
フルに活用しているという意識はない
ただ、食べている

「単なるやるべきこと」を
淡々をしておればいいとはこのことだ

ある出来事が起こり
あなたはそれを問題と捉えない
単なるやるべきこと、
そのように「何もせず」に行為をするとき
あなたは出来事を流している
そこに重い感情もなければ
不安も期待もない
「出来事」を解決しようなんて
微塵も意識していない
そのとき、
すべての出来事があなたそのものとなる
あなたはすべてを手に入れた

あなたの呼吸は
世界の呼吸
あなたの行為は
世界の行為だ

間違えてはならないのは
じっと我慢して出来事から
目を反らそうとすることだ
それは出来事を問題視している
問題視するなら
最初から全人生、ぜんぶ問題だとすればいい
そうすれば「問題」はなくなる
もうあきらめるしかない
あなたはどうすることもできないことを悟る

「別に解決しなくてもいいや」
「ああ、このままでいいんだ」
「すべては正しい」
そんな境地に至るだろう

出来事など放っておきなさい
あなたがどうにかできるものではない
そこに携わるときがくれば
自然とその流れになる
そのときあなたは
まるで誰かの手伝いを
「片手間」でやっているような
ラフな心持ちで行為している
そしてなぜか
出来事を円滑に流すかのような
協力者や情報、知恵など
様々なフォロー体制が整い出す
出来事に対して
出来事が起こり出すのだ
もはやあなたが出来事だ

それでいい
それが最高だ

 

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コメント・質疑応答

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  1. 情けない男 より:

    いつも拝読させて頂いてます。ありがとうございます。

    「出来事は勝手に起こっている。」ということですが、私は自分の認識がトラブルを招いてしまっています。

    私はお金や自分自身、自分の所有物や恋人を過剰に大切にしています。つまり執着しています。

    紙幣は単なる紙であり、恋人も只の人なのは頭では理解出来るのですが、お金や所有物に対して過剰に感謝したり、恋人を過剰に愛してしまいます。

    その結果、お金や所有物を失ったり、恋人に不愉快な思いをさせてしまいます。

    自分自身にも過剰な意義を持っているせいか、特に何も予定のない休日や何もすることのない時間が怖くて怖くて仕方ありません。することがある日も不安に怯えています。

    それでも問題は解決せずに放っておくべきでしょうか?

    私は全体の中の一部であり、私の力など0だということは理解しています。周りのお陰で日常のやるべきことは何とかこなさせて頂いています。

    それで満足しなければいけないのでしょうが、心が平穏な毎日を過ごしたいのです。

    つまりそういうことに負けない自分になりたい。強くなりたいのです。

    エゴ丸出しで申し訳ありません。ご意見賜りたく存じます。
    宜しくお願いいたします。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>情けない男さん

      あなたのコメントから
      今回の手記を書かせて頂いた
      ありがとう

      だからそちらを一読してみなさい
      何かのヒントになるかもしれない

      あなたの状況に限定して伝えるならば
      まずそのお金、恋人
      それらは「あなたの中」で存在している
      それは理解できるかね?

      あなたが見ているものとは
      あなたが見ているからそこにあるのだよ

      だがあなたは執着しているという
      つまりそれらがあなたとは別のものであり
      目を離せば失われるものであり
      どこかに行ってしまうもの、
      そのように捉えている

      そうじゃないよ
      安心していい
      そのお金とやらも
      恋人とやらも
      あなたがいるから
      それがそこにあるのだ

      つまりあなたの心配は取り越し苦労だ

      あなたが悟れば世界のすべては悟っている
      あなたが愛の人になれば
      世界は愛に満ちあふれる

      単純なシステムだよ
      すべてあなたが生命を与えているのだ

      言い換えれば
      あなたの見ているすべてこそが
      あなたなのだよ

      いいかい、
      すべてを自由にさせてあげなさい

      そうすればあなた”が”解放される

  2. 情けない男 より:

    ご返答誠にありがとうございます。

    安心して良いと仰って頂き涙が出ます。

    年末から昨日に掛けて様々なトラブルに見舞われています。
    これらは全て私の行い、考え方、認識に誤りがあるから起きた。又、私が神(自然)の摂理のようなものに反した生き方や行いをしているから起きたと思っていました。

    神(自然の摂理)に感謝を捧げる程、トラブルに見舞われました。私の神(自然の摂理)に対する認識が間違っているのかと思っていました。

    涅槃さんが仰っる通り、私が見ているからお金も恋人も在るというのは納得できます。

    起こる出来事を只、見てみます。

    最後にお答え頂ければ有り難いのですが、何も出来事が起きない時、心が酷く動揺します。
    こういう心理の時の対処法等、ありますか?
    日常生活では何を心の拠り所に生きていけばよいのでしょうか?

    涅槃さんの記事や自分の中に答えはあるのでしょうが見つけることが出来ません。

    いつもありがとうございます。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>情けない男さん

      特別に個人的な話をしよう

      私は自分の血筋とは
      まったく関係のない人々に世話をしてきた
      そして数千万の借金を背負った
      いまも返済をしている

      それが何だというのだろう?
      屁でもない
      すべて私の中の生命だ

      トラブル?
      それこそがあなたの生ではないのかね?

      もっと人生を楽しみなさい
      トラブルとやらを楽しみなさい

  3. 情けない男 より:

    ご返答ありがとうございます。

    それが涅槃さんの仰る、強烈に生きるということですね。

    今、この瞬間からその様に生きます。
    もっと生の炎を燃やしてみます。

    それを眺めます。

    励まして頂きありがとうございました。
    情けない男ですみません。 拝

  4. 自分 -涅槃- より:

    >>情けない男さん

    よく持ち込まれる問題として

    お金のこと
    人間関係のこと
    恋愛のこと
    生き方のこと

    そういうものがある

    だがそれらは己の解釈により
    作り上げられた幻のようなものだ

    広場かどこかで
    空に石ころを放り投げてみなさい
    そしてその石の「いま」を感じてみるのだ

    空中に在るとき
    地面に在るとき

    いまに在るとき、
    それがそのすべてであり
    さしてその時々の状況に意味はない

    意味を持たせるのは
    「このままいくと落下する」など
    そのように妄想を始めるときだよ

    負債からの将来への絶望だろうが
    他者から受ける理不尽だろうが

    それらに意味を与え
    力を備えさせているのは
    本人の魔法のようなパワーだ

    それはありもしない場所に
    つまり真空に浮かび上げるヴィジョンのようなもの

    だから周囲から何かを背負っているように見えたとしても
    私にはそれは存在しない
    そして周囲の人々というものもなく
    ただただ、空中にいる石ころのように鮮烈にそのまま、だよ

  5. A より:

    自分さんこんにちは。

    カウンセリングを受けてから、もう自分を愛する、他人にはまた自己犠牲しちゃうからとにかく自分、自分しか愛さないと決めつけていた3年間のような気がします。

    もう他人まで愛する範囲を広げてもいいかも、結局このままでよかった、もう何も変えなくていいと思ったら落ち着いて来ました。

    このままでいいという元の場所に戻ったようで、もっと軽い元の場所だった。

    • -自分- 涅槃 より:

      Aさん

      あなたは個人としての
      自分を愛している
      それは十分なものだ
      それさえもできない人も多い

      だが自他という境界線を
      溶かさなければならない

      なぜならばあなたの本性とは
      あなたの人生というトータルだからだ

      それが「自分自身を愛する」となる

      何かに打ち込んで
      そこに没頭しているとき
      「私」は消えているかね?

      もし「ここまでやったら報われる」など
      思考に囚われてやっていたならば
      それはただの苦行だ

      「私」が消えるとき
      自他との境界も消える

      最後に残るのは
      猛烈な至福と自由、存在
      そして愛だ

  6. 仕事 より:

    抱えている3件の大きな対人トラブルのうち1件が解決しました。

    色々な嫌がらせをされてきましたが、距離を置くことに専念しました。
    昨日、その人は自ら墓穴を掘るという形で私の前から姿を消しました。
    「ざまあみろ」と言いたいところですが、距離をしっかり置いた分、そんな気持ちにすらなりません。
    「ああ、そうなの...」

    今回の件で少しコツを掴んだ気がしています。
    ・距離を置くこと
    ・自分が、その人・その行為を「悪」としてきたこと
    ・自分のルールで世界を解釈しているということ

    その人を「人」としているのも自分なんですよね...。
    もっと色々と壊れていくかも知れません(世界というルール)。

    • 涅槃の書-自分 より:

      仕事さん

      とても良いね。何が良いのかというと、起きている出来事に同化せずに俯瞰していることだ(たとえ事後であってもね)。つまり現実を冷静にみている。とても大事なことだよ。冷静に見れば見るほど、すべてはあなたの卓上で転がるようになる。

      だが注意すべきは、あくまで「あなたという空間」で転がるだけであり、あなたが転がせているのではないということだ。

      実際、スターリンもヒトラーもそれに近いレベルにいた。彼らは集団性の盲目さに気付いたわけであり、それは冷静な視点あってのものだった。だが超越的ではなかったゆえに、自らが自らの卓上に転がってしまった。つまり観念の天井に張り付いていただけだったのだ。そうでないように気をつけなさい。

      大衆(集団)の心理や仕組みについてはまた記事するけども、それを利用してどうにかしようとしないことだ。利己的な意思は観念の内側に自らを閉じ込めてしまうからね。

  7. 仕事 より:

    ありがとうございます。

    なるほど。
    「転がらせよう」という利己的な意思ですね。
    本文中の『「出来事」を解決しようなんて微塵も意識していない』に反することですね。

    気を付けます。

コメント・質疑応答

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