それはチワワだった

「大きな犬に襲われる夢をみた」と
妻の知人が話していた

「後ろから追いかけてきて
背中に飛びかかられて
首元に噛みつこうとしているの」

そこで目が覚めた彼女は
さっそく夢占いの本をめくって
なにか不吉なことがあるんじゃないかと
調べていたらしいが

そのときあることを思い出した

それはその前日に
飼い犬(チワワ)をお風呂に入れていたとき
犬の歯がこつんと指に当たったらしい

日頃もよくあることで
怪我や傷があったわけでもなく
まったく忘れていたことだった

つまりそのことが
夢のなかで大袈裟な変化を伴って
現れたことになる

 

暗い底から

さてこの悪夢の原理は
私たちにヒントを与えてくれる

というのは彼女の意識は
“表層”では忘れていたが
“深層”ではしっかりと握られていたということ

つまり表層意識ではかわいい子犬との
楽しいお風呂が捉えられていたわけで
そこに恐怖心など生まれる余地はなかった

ところが意識の深いところでは
指にこつんと触れた歯について
様々な可能性が記憶から引き出されて
複雑に絡み合っていたんだ

そうして「恐怖の何か」が生み出される

“それ”は彼女の気づかない心の奥底から
姿としてみえる表層にまで登ってきたというわけだ

この意味で
夢占いの価値は「ある」といえる

彼女はそれに気づいていなくても
たしかにそれは彼女の心の内面の様子であり

やがてそれが”表層”に近づいてくるとき
悪夢として現れたように
現実の出来事としても現れてくるからだ

 

不幸は存在しない

いつも話しているように
私たちは良くも悪くもない
「なんでもない出来事」を前にして

「これは良いことだ」
「これは悪いことだ」と騒ぎ続けている

もちろんあなたは
「大事にしていたものを失ったのに
それがなんでもないわけがない」
と言うだろうけども

それはあなたが
そのことを大事にしていたからであって
しかし実際起きているのは
それがただ通り過ぎて行っただけなんだ

血も涙もないように”聞こえる”のもまた
それはあなたが大事にしていたからだろう

つまり出来事が良いか悪いか
幸福か不幸かというのは
あなたの心がそれを
どのように解釈したかにある

実際そうだね

嬉しい出来事があったときは
いつも抱えている面倒なことや
腹を立てていたことが大体許せてしまう

嫌いなあの人も
「あの人なりに生きてるんだ」と
寛容な気分になったりする

起きてる出来事は同じであるのに
あなたの捉え方ひとつ
幸せか不幸かが決まるんだ

ところがそうして捉え方を左右するのは
深層から登ってきた「何か」であり
つまりその何かの”目”を通じて
己はこの現実をみていることになる

 

潜在意識の操り人形

ここで厄介なのは
「どのように物事を捉えるか」というのは
“自分”からは制御できないということにある

それは「本当に起きていること」が
わからないからではない

そうではなく
目の前の出来事を
大きな出来事としてみてしまっている”自分”に

そもそも気づけないからにある

つまり思考したり認識したりする自分そのものが
もうすでに深層意識(潜在意識)の産物なんだ

今回の話でもそうだね

彼女の”目”には
大きな犬が襲いかかってきていた
夢のなかの彼女は必死に逃げようとしてた

自分の目こそが真実であり
何かを疑ったりするのは
すでに目に映ったものについてだろう

だがその目こそがすでに
本当に起きていることを歪めているわけで
その歪められた世界が
彼女の夢の光景として現れている

ゆえに大きな犬として”見えている時点”で
もう深層で生まれた何かは表層に現れているんだ

だがもし彼女が
その恐ろしい大きな犬の正体が
実はちいさなチワワだったことを思い出すとき

つまりその根源に”気づいた”とき

そのときようやく
深層意識が握っていたありもしない記憶
その組成を解放するわけである

 

“あなたの現実”を織り成しているもの

これは「自分(=蓄積された記憶)」の克服であり
そして現実変容のプロセスでもあるのだけども

だがもうひとつ重要なことがある

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