あなたが幸せになれない理由

あなたが思考に食われ続けているとき
幸せそうな人を見る

あなたこう感じるだろう
幸せそうな人はいつもどこかルーズだ
いい加減なところがある
とてもあんな風にはなれない

だからあなたは幸せになれない

その感想は的を得ている
まさにその通りだ

思考はルーズさを嫌う
常に慎重であり計画的だ
失敗は許されない

だけどもあなたの見る幸福な人々は
いつもルーズだ
あまり何かを深く考えているようには見えない

あなたが思考、
つまりマインドが最も嫌う方向へ向かうとき
あなたは幸福となる

当然現実的な失敗も多くする
だがそれすらも深く受け取っていない
まあ仕方ない、その程度だ

いいかね
あなたがどれだけ思考的に生きようが
失敗は同様にやってくる
マインドの計算なんてまるで関係がないのだよ
 
さあどっちを選ぶ?

ある大物の成功者と言われる人が
インタビューに答える
「おお!さすが成功者!
まるで動じない!肝が据わっている」
あなたはそのように受ける
だからあなたは「動じない」というスキルを
必死で身に付けようとする

違う違う
その大物は単に何も考えていないだけだ
しかも別に失敗しても、まあいいか、だ
もう存在そのものがテキトーなのだ
だから思考的な人からすれば脅威に映る
ライバルも恐れる
本人は別に失ってもいいし
そうなったときはなったときのまた人生があるさ
だから何も考えていない
死すらも真剣に捉えていない

だけどもこれは思考的にそうするのと
意識の置き場所が違うのでは
まったく次元が違う

あなたが瞑想的に生きるとき
2つの境地が見てくる

ひとつは自分が中心に世界が広がっているというもの
もうひとつは
すべては自分の中にあるというものだ

流れに身を任せるとは
思考に反するものゆえに
一見ルーズに見える
だけども
やりたくないことをやらないという行動ではない
火の如く燃えさかり
風の如く静かに流れ
森の如くただ在る

己を通じて世界の息吹を流すのだよ

 

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