鏡の実験でエゴに支配されない人生を観る

実験をしてみようか

昼の室内、部屋の電気を消して
屋外からの光が入り込むようにする
窓の周辺が最も明るく
タンスやベッドの物陰も確認する

・部屋の中で明るい場所と薄暗い場所
・手鏡を大小2つ

それが実験の必要条件となる
さあ始めよう

 

1.部屋の真ん中で小さい手鏡を手にする
2.窓の光を反射させて
3.部屋の暗い場所に投射する

柔らかな光が闇の中に出現する
輪郭がはっきりせず弱い光

その光があなたの生きている世界となる
あなたの「人生」だ

生まれてから死ぬまで
あなたの努力や主張、夢など
すべてがその光となる
浮かぶ儚い光に
想いを巡らせてみよう

では鏡の角度を変えてみる
光が移動する

さっきよりも暗い場所に移動したならば
光は少し明るさが増したように見える
凹凸のある面などでは光の形状が変わる

もちろん窓の光源は同じままだ
場所によって変化しているように見えるだけ
これは人生の状況を表している

あなたは世界に翻弄され
幸せや不幸を繰り返してきた
他人や出来事に喜んだり嘆いたりね
鏡の角度を変えてごらん
様々なあなたの様子が読み取れる

人生に散々振り回されたあなたは
自分を強化しようとする
鏡のサイズを大きくすれば
もっと明るくなると考えるようになる

つまり鏡がエゴとなる
鏡がエゴで、投射光が人生だ

 

エゴが暴走をはじめる

大きい手鏡に持ち替えてみよう
さっきと同じ場所を照らしてみる

さあ何が変わったのだろうか
鏡の形状が変われば微妙に光も変わるが
それだけだ

闇に浮かんだ人生
それは依然そのまま
もっと暗い場所が出てきたら
鏡のサイズアップを考えなければならない

あなたは自分の人生に意味を与え
際立たせようとしてきた

幸せになりたい
お金持ちになりたい
結婚したい

それらを獲得しなければ
生まれてきた意味がないからだ
死は近付いてくる
だからもっと光を輝かせたい

そうして鏡を必死に動かしてきた
つまり手探りで人生を歩んできた

その甲斐もあって
ある日、光が大きく輝きだした
あなたは最初は満足したが
同時に輝きが小さくならないように
心配ばかりする日々がやってくる

光が以前よりも際立ったのは
投射光が明るくなったわけじゃない
さらに暗いエリアに鏡が向けられたからだ

あなたは気付かない
自分が輝きを増したのではなく
さらに深い闇に足を踏み入れたのだ

我に返って周りをみれば
闇はとても大きくて不安になる

「どうすれば安心できるのだろう?」

あなたの発想といえば
鏡のサイズアップだけだ
同時にエゴも急成長していく

エゴが騒ぐ
もう抑えきれない
もっと輝きが欲しくなる
また鏡の角度を変え出す

「もっと強い光だ」
「もっと強い光がほしい」

より深い闇を探して
窓に向ける鏡が急角度になっていく
そしてとうとう鏡の背が窓に向いてしまう
さあどうやって光を反射させるのだろう

漆黒の沼にどっぷりと沈んでいく
あらゆる恐怖があなたを遅う
長い髪の女がやってくる

これが死だ

最後はさぞ怖かったことだろう
あなたは自分を鏡だと思い続けてきた
自分が人生を照らしていたと勘違いをしてきた
反射光がクッキリ明るくなることだけを求めた

だが進めば進むほど
光のパワーは衰え
闇は強大化する
鏡のサイズアップに努力するが
もう恐怖しかない
どれだけ鏡を大きくしても
光は強くならない

それでも明るくなったと思いたいばかりに
どんどん自らを闇へ沈めていく

 

真理の道はまったく逆だ

もう一度テストに戻ろうか
最初の小さな手鏡でいい
充分だよ

窓から入る拡散光の中で鏡を持つ
最初は薄暗いところに反射させる
頼りなく弱々しい光が浮かぶ
それがあなただ

1.角度を徐々に変える
2.部屋の”明るい方”へ光を動かしていく
3.ゆっくり窓に向かう

ある程度までは投射光が認識できるが
途中で部屋の明るさに見えなくなる
そこに溶けていく

あなたが人生に意味を与えず
ただあるがままに存在するとき
自分という光は認識できない
だがなぜ認識できないかといえば
おおきな光の中にいるからだ

あなたが本当の自己に意識を向けたとき
もう何もない
何もないが、そのすべてとなる

小さいままでいいし
何も達成できなくていい
あなたの見てるすべてが
あなたそのものなのだ

ずっと愛されているし
いつも守られている

好きなことをやったらいい
だがエゴに囚われないことだ

何かになろうとすることもなく
ただその場にやってきたものを
楽しんで生きていけばいい

そこにない物を求めないこと
ありのままの自分で生きていくこと

そのように在りなさい

あなたがそうであるとき
大き 光  っ    幸      辿

 

 

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コメント・質疑応答

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  1. 色即みっちゃん より:

    幸せを求めて闇に吸い込まれていく…。

    • -自分- 涅槃 より:

      色即みっちゃんさん

      そう、求める限り
      意識は外側に向く
      つまり内側は闇となる

      闇に吸い込まれるのではなく
      あなたが闇となる

      内に明かりを灯すだけでいい
      外のことなど相手にしないことだ

  2. 色即みっちゃん より:

    自灯明…。

    自らに明かりを灯そうとするときに、何故か僕は
    僕が冷たい人間になってしまうと抵抗してしまいます。

    出来事に囚われているのを自ら分かっているつもり
    ですが…。

    何故か抵抗してしまいます。

    頑固な自我で困ったもんです…。

    優しさと囚われは違いますよね…。

    • -自分- 涅槃 より:

      色即みっちゃんさん

      逆に言えば普段あなたは
      「自分は温かい人間だ」
      という観念があるということだ

      それはひとつの制限となる
      なぜなら
      そうでなければならないからだ

      自らを灯し
      そうしたマインドも焼き払ってしまいなさい

      あなたが解放されると
      世界もまた解放される

  3. komatta より:

    これだなっての上がってくるが
    そのタイミングに囚われる。
    ふーんが出来なくなる。
    別にリアルな現状は、家族の対応含め
    悪くもないし(昨日はファミリーで回る寿司いきました)

    世界が私となると、
    しらんやん。関係ないしが出来なくなる。
    日曜の母が聞くニュースなんて割とがっつり耳に入る。小学生の時から気付かなかっただけで中東戦争なんて今は第5次くらいで、ずーっと連続的に一定間隔でやってるのに大層に感じる。これも厄介です。

  4. komatta より:

    彼氏とラブラブ期間で目にするもの全てが花ばかりのような世界が明るくなったような時に3.11は起こった。地域が離れているし会社でも義援金のつどいなど社会全体の雰囲気は明るくはなかったがプライベートが充実していたから深刻には捉えなかった。逆に御親戚が向こうの方でその日は休むという人もいたのに自分は仕事後のデートのことばかり考えて自分の偽善性に少しうんざりもしたくらいだった。

    もしも私の意識で周囲のものが変えられるのならば。子供の時、親は台風の用意で大変だったけど本人は冒険気分でワクワクというそういう経験ならいくらでもある。他の方々もあると思う。そうではなく私の意識が幸福なれば震災そものが回避できる、もしくは花畑に変わる、チャンネルをニュースからラブドラマに変更するのではなく震災のニュースとしたまま急に回復吉報が流れたり、実は誤報でしたというの
    「ありえない」シンクロというものを体験したからこそ、もしかしたら意識の修行で変えられるのかもと思った。だけど、そうなると一番幸福感感じてた時期にどうして3.11が起こった?となる。それほどプライベートは悲惨でもないのに、どうして今、銀河鉄道999のリアル版にいこうという動きが経済誌などで報道されてるのだ?と。別にネガティブな事の中からポジティブを見つけ出し気持ちを前向きにするだけなら、悟りとかよく解らないものに執着する必要もない。心理学でもいいしビジネス雑誌読みまくってもそれなりの一時的効果は得られる。
    そうじゃなく過去からの「なにか変だ」「伝えられてる事と少し違う」というのに気づきだして人生の謎解きとして向こうからきた導きだからやってみた。もしかしたらそれなら奇跡的に自分=世界で。世界が私の意識の投影ならば
    戦争を無くすなんて無理ゲーも可能じゃないか。思考実験的に理論的には脳科学やら細胞レベルのテクノロジー進化の話も進んでるし可能そう。不思議な現象もこれだけ体験したのだから。だけど自らの自我意識でコントロールして世界が望む方向に変えられるのではなく世界の映像を動かしてるのは意識も出来ない奥側と解ったから。そうなると自我は混乱するだけ。
    ESPなど思わないが、自らの気付けない奥底の潜在意識が地震を起こしたのかとなる。

    阪神大震災も若かったし遊びまわって日常に不満もなかった。車も持ってて明日は倒れた阪神高速に友達とドライブ予定だった。そんな映像、頭によぎることさえなかった。
    だから矛盾するから混乱するのです。
    変えられないのなら…。普通に他人はいて今の常識や法則にしたがってるほうが安全。

    • -自分- 涅槃 より:

      komattaさん

      悟りというものに「なる」のではなく、あなたの中に「悟り」も「非悟り」もあるのだよ。何を選ぶかだけだ。

      だから「どちらが安全」という見解のなかで、「どちらか」に目を向けるのではなく「選べるという立ち位置にいること」にフォーカスしなさい。あなた自身がそれに気付くこと、つまり世界の何もかもがあなたの中に起きているということに気付くこと、それが悟りなのだよ。

コメント・質疑応答

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