世界を手に入れる法

視界に騙されちゃいけない
あなたの目は真実を見ていない
見えているのは
マインドの世界だ

意識の置き方で目は「ただの目」と
機能させることができる
だが「視界」というトリックを
暴かない限りそれは自らの解釈を
加えた歪んだ風景となる

人は生活の中で
8割以上を視覚に頼って生きている
例えば笑っている異性とすれ違う
その人は一瞬あなたを見た
その光景をあなたは受け取る

あなたの中に「考える間もなく」瞬時に
マインドが起こる

馬鹿にされ笑われていたのではないか?
自分に気があるのではないか?
そういえば今日は髪型が変だ
そういえば今日はお気に入りの服だ

だがあなたに視覚がなければどうだ
そんなシーンはなかった?
いや、あったのだ

すれ違うその人の足音、声
そして微かな匂い
空気がすり抜ける肌への感触、温度

それらは正直だ
なぜならば「受け身」であるからだ

だが視覚は違う
あなたから矢を放つようにフォーカスする
そして遠く離れた「それ」に対し
あなたなりの分析を添える

あなたが男性で
目の前を魅力的な女性が通るとき
視覚ですべてを得てしまう

その肌をその髪を
触れてもないのに

その豊かな香りを
嗅いだこともないのに

その声をその体の音を
あなたは聞いたこともないのに

それでもあなたは
彼女を「知った」ことにしてしまう
もちろん見たからだ
だがその見たものは彼女ではない
あなたの解釈
つまりあなたが見たものは
彼女の存在ではなく
そこにあるマインドなのだ

あなたは自分の作り出した亡霊を見ている

これが真実を歪めてしまい
世界がとてもつまらないものになる
そこら中で亡霊に取り囲まれ
人生が八方ふさがりとなる

この罠を抜ける法はひとつだ
視覚に騙されないようにすること

そのためには
視覚に頼る「8割」を意識的に下げていく
つまり、耳や鼻、肌をもっと活躍させる

さあ出番だ

あなたの中で埃を被っていた感覚器官
それらはずっと眠っていた
ずっと出番を待っていた

闇を切り裂く聖なる剣と
天空に閃光を起こすロンドが
あなたの手に戻る

覚えておきなさい
肉体は世界という扉を開く
最も近くにあるものだ
肉体は自分の側にあると
勘違いをしているが
そうではなく肉体も外側のもの
ただ、最も近くにあるだけに過ぎない

だから五感を開くということは
世界そのものになる、ということだ

視界はマインドに毒されている
だからまずは目に映るものをアテにしないこと
次にこれまでの視界と同じレベルまで
耳を使う

音を聞きなさい
音はあなたに向けて集まってきている
外を歩くとき
視覚よりも聴覚に意識を向けなさい
するとあなたの感覚は
どんどん研ぎ澄まされていく
これまで視覚だけを頼りに生きてきたせいで
聴覚をマインドに置き換えることには
まだ慣れていない

その不慣れが「鍵」だ
何も判断することなく
何も解釈することなく
音を聞きなさい

誰かとカフェで会話をしているとき
彼の声に聞き入りなさい
言葉の内容はどうでもいい
声に入るのだ
そしてコーヒーカップの擦れる音
周囲の環境音
そのすべてを
視覚と同じように受け取りなさい
あなたはいつも包まれていたことを悟る

聴覚になれたら次は嗅覚だ
鼻は目に近い
目があまりに便利すぎて
人間は嗅覚を忘れてしまった
そのセンスを再稼働させる

古来、人間は動物と同じように
遠くの匂いも嗅ぎ分けることができた
それは音と同じ

自分を包むものを
あなたは感じていた

だが自らそれを絶ってしまった
それがアダムとイブの顛末
あなたは「あなた」から分断された

聴覚と同じように
今度は嗅ぐことに意識を向けなさい
あらゆるものに「匂い」があることに気がつく
そうして嗅覚を深めていけば
嗅ぐことだけで道を歩いたり
何かを選んだりすることができるようになる

これまでは視覚を使ってきた
歩いているときに障害物が見えてきたら
あなたは避ける
だが嗅覚だけでもそれが可能となる
そこまで深く意識を向けなさい

そうして耳や鼻に意識を向けているとき
「いまここ」に入っていることに
気がついてくるだろう

なぜならマインドを携えていないからだ
耳や鼻、肌は
そこにあるものを感じ取ることしかできない
それらの感覚に意識を向けている限り
決して未来や過去という
悪夢に囚われたりはしない

そのように視覚以外の感覚を
呼び戻すことができたら
同じように「目」を醒まそう

マインドを介せずに見る
それができるようになれば上出来だ
世界はあなたのものとなる

 

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コメント・質疑応答

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  1. 情けない男 より:

    素敵な記事ありがとうございます。

    実践すれば、何事にも過剰に意義を与えずあらゆることをありのままに経験出来ると思います。

    耳を澄ますと「世界はこんなに広かったのか。」という感覚があります。

    確かに世界に包まれています。

    ありがとうございます。 拝

    • 自分 -涅槃- より:

      情けない男さん
      ひとはマインドに囚われる
      つまりマインドの世界の中にいる

      だが実際は
      マインドがあなたの中にあるのだ
      あなたの感じているその包まれた感じ、
      それがあなたという本当のエリアだ

  2. 岩窟王 より:

    今まで長い間同じ所をうろうろして来ましたが、涅槃の書と出会えた事でジャンプアップしています。

    1、マインドの世界。
    「目の前の世界」を「私」=思考=イメージが見ている世界。

    2、ワンネスの世界。
    「目の前の世界」しかなく、「私」が消えている世界。
    ここでニヤけてしまって「主体は向こうだ」とわかりました。
    「あなたはあなたに包まれている」の世界。

    3、「それ」の観察次元?
    「私の身体(首から下)」の動作を1秒くらい遅れて追いかけて見ている世界。

    ここは「目の前の世界と私の身体が同じ世界」にいるのを見れている世界。
    ここで「私の身体」と、「意識」は違う場所にあるのがわかりました。

    これは涅槃の書を読んだ後に起こりました。
    自分さんのおかげでジャンプアップ出来ています。
    ありがとうございます。

    • 自分 -涅槃- より:

      岩窟王さん
      よろしい
      その変容を何度も繰り返すようにしなさい
      いずれそちら側がメインステージとなる

      さらにジャンプするだろう
      主体と客体を超えて
      私と世界を超えて
      その空のみがあなたとなる

  3. より:

    視界もそうですが、私の場合は特に言語に影響されやすいですね。
    私の世界はほぼ言語と思考によって出来てる。
    エゴにとってポジティブな記事を読むと1日楽しいしネガティブな記事を見つけると1日暗い。
    言語は真実の断片しか表していないのに、それに左右される。

    • 自分 -涅槃- より:

      視界はマインドの支配だ
      人は日ごろ、世界を眺めているのではなく
      言葉を見ている

      だから視界を捨てよ、とは
      言葉を捨てよ、ということだよ

      だから自発的ではない感覚器官である
      聴覚や嗅覚に意識を向けるのだ
      そこはまだマインドの力は及んでいない

      マインドとは言葉のことだ
      すべての分離、制限、カタチ
      それらの根源となる
      つまり幻想世界そのもののことであり
      いわば神のことだ

      言葉とはあなたの世界を形成している神のこと

      あなたはまず言葉を捨てる
      つまり神を捨てる

      そして空が到来した後に
      再び神を浮かべて
      世界を楽しむことになるだろう

  4. りお より:

    自分さん、いつもありがとうございます

    私からみて仕事の出来る人って、
    「動物的な人」っていう印象があったんですよね
    仕事の出来る人=性格の悪い人、みたいな決め付けがありました

    すんごい地獄耳でそのフロアでの会話は全部聞いているし、
    大抵いつもその場で一番最初に「これ何の臭い?何かクサいんだけど」って言い出すし
    そりゃー怖いもんです

    色んなことに真っ先に気付く人からしてみれば、周りが鈍く思えてイラつくのは当然ですよね
    別に性格が悪いわけではないのかもしれない・・・
    (イヤ、どう考えても性格の悪い人もいますけどw)

    私ももっとワイルドになれるように頑張ります

  5. 自分 -涅槃- より:

    りおさん

    そうではないよ
    この手記とあなたの「見た人」は
    何の繋がりもない

    あなたの「見た人」とは
    あなたの印象だ
    つまり自分が作り上げた幻想だよ

    あなたがその人を嫌うのならば
    それはそうであって
    わざわざその人のようになる必要はない
    途方もない苦労、苦悩、挫折、劣等感
    あらゆるネガティブを抱えることになる
    それがあなたの好ましい人であってもそうだ

    あなたはいまの自分以外の何者にも
    なろうとしてはいけない
    そのままを認めなさい

    あなたが自分自身を認めるとき
    自身を取り巻く世界を許すこととなる
    そのためのメソッドが今回の手記だ

    いいかい
    あなたの見ているものは
    すべてあなたの印象であり
    そこには良いとか悪いとか
    様々な判断が生まれる

    悪いものや、受け入れにくいもの
    それらは拒絶するだろう

    そうではなく
    それらを認めなさい
    「これは悪いというものだ」
    「これは受け入れられないものだ」

    そのように決して距離を取ろうとせず
    身近に置きながら認めるのだよ
    好きになる必要もないし
    それに従う必要もない

    ただ、それはそういうものだ、と
    静観しているだけでいい
    頑張るようなことはしてはならない

  6. りお より:

    自分さん、お返事ありがとうございます

    >この手記とあなたの「見た人」は
    >何の繋がりもない

    失礼しました
    確かに、私が上で書いた「私が見た人達」は、
    観察力はあっても、リラックスしているようには見えないです
    全然違う話をしてしまってすみません

    自分さん、いつも私の理解度に合わせて優しいお返事をくださってありがとうございます
    もの凄く気遣ってくださって大切にして頂いてるのを感じます
    なんだかとても勿体ないし申し訳ないです

    しばらく教えて頂いたことに集中します
    ありがとうございました

    • 自分 -涅槃- より:

      りおさん

      あなたが超えるべき理解とは
      「あなたの関わる人はすべてあなた」
      ということだ
      つまり私もあなたなのだよ

      関わっている時点で
      私はあなたなのだ
      あなたが自らの別の一面を見ているに過ぎない
      それが私だ

      だから他者に感謝を送るのは良いことだ
      自分自身に送っているということであり
      つまり世界を祝福しているのだよ

      あなたが世界に感謝を送るほど
      より良い世界に変わっていくだろう

      明日からでもいい
      日常で関わる人々のすべて
      スーパーのレジで並んでいる人のすべて
      あなたが見たり聞いたりする人々のすべて

      すべて自分だと理解した上で
      眺めなさい

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