“時間”が解決してくれる

不安や悩みを抱えると
とても苦しいね

それはみえない敵と戦っているようなもので

どのように構えていたらいいのか
見当もつかず
心は思いつく限りの方策を立ててしまう

だけどもそれは
雨漏りなんかしていないのに
雨漏りの修理をしているようなもので

いくつもの「やらねばならないこと」に
追われてしまうだろう

実際”それ”が苦しいわけで
つまり不安や悩みの重さとは
その物事自体ではなく

そうして闇雲になってる自分が
生み出してるわけだ

 

1

そんなわけで
不安や悩みを解決する究極の方法がある

それはもちろん
自分で幻を生み出すのをやめることだが
しかし「どうやめたらいいのか」となるね

そこで”究極の方法”なんだけども
それはなにかといえば
時間に任せることだ

そう、時間が解決してくれる

「ええ?そんなことなの?」と
がっくりしてるだろうが
当然これには深い意味がある

 

2

いつも話しているように
生まれてから死ぬまでのすべての記憶が
一枚の絵のように描かれているものが
あなたの魂と呼ばれるものにある

その”絵”の上を
懐中電灯で照らした小さな範囲のように
自分という小さな意識が少しずつ眺めている

だから人生の”全時間”は
はじめからドンとあって
ゆえに時間は存在しないのだけども

ところが自分はその全部が一挙にみえないから
少しずつ”時間”をかけてみていかなきゃならない

そうして時間の幻が生ずる

シンクロニシティを何度も体験しているうちに
こうした原理に気づく人も多くいる

 

3

もちろん照らされた範囲以外は
なにもみえない

言いかえれば
「まだ起きてないこと」や
「過ぎ去ってもうないもの」が
そのみえない領域となる

だがみえないだけで
絵は完全に描かれているわけだから

それゆえ未来は”確定”していて
過ぎ去った苦い思い出も
あなたの記憶にしっかり刻まれている

だから過去から逃れられないのは
未来の確定から逃れられないのと
同じ意味にあるわけで

未来の確定を変えるには
過去が変わらなければならない

「執着を手放す」というのは
まさにそのことだね

つまり過去も未来もすでに描かれている絵が
丸ごと描き変わるんだ

それが魂の変容となる

 

4

そうして捉えてみれば
前世や生まれ変わりなんかの”秘密”が
みえてくるだろう

つまりあなたの魂の”なか”で
時間は存在しているが

魂そのものの次元からすれば
わずかな瞬間すらもない”無時間”のうちに
無限の描き替えが起きている様子にある

それは時間の軸とは無関係だから
生まれて消えていくというプロセスさえもない

そうではなくて
“私たち”という膨大な記憶のプールのなかで
いくつもの”絵”が構成されるんだ

万華鏡を回せば
ピースがその都度模様を描き出すように
“私たち”の記憶のなかで
無数の絵が有機的に再構成を繰り返してるんだね

だから絵と絵が直接に関わることはなく
むしろ絵が”このプールにある”からこそ
そもそもワンネスなんだ

それゆえ絵のなかに描かれる他者とは
その絵でのみ描かれてる存在であって

だから”現実上”で自分を抑え込んで
他人を飾り立てるようなことは
ワンネスでも愛でもない

この現実を”超えたところ”はひとつ
という感得があってこそ
絵のなかでの交流はすべて
ワンネスの光を帯びている

もちろん人だけでなく
樹木も動物も星空もすべてそうだね

今回は省略するけども
記憶のプールそのものは
永遠の生命(大いなる流れ)に漂ってる

だからワンネスを感じ得るとき
私たちや認識する自然が”ひとつ”であると同時に
すべてが永遠であることも感得しているんだ

こうした話を体系的に理論化してるのが
仏教だったり古代の哲学だったりするのだけども
ところが人々の多くは
現実の”なか”でそれを読み解こうとするがゆえに
それらが伝えようとしている本質がまるで読み取れず

さらにはその読み取れない人々が体系化したものを
以降の人々が理論化していったがゆえに
どんどん全体と個との乖離が大きくなってしまったのが
いまの個人主義の時代となる

もちろんあとで話すように
こうした”歴史”もまた
いま”私たち”から読み出されている記憶にある

 

5

さて話を戻すけども
“自分”という小さな意識は
絵の上を少しずつしか読み取ることができないが

すると”自分”は
まだ起きていない領域や
過ぎ去った領域について

絵に描かれているものではなく
自分の妄想を浮かべてしまう

だから思い過ごしや
無用な心配をしていたなどの
取り越し苦労があるわけだが

どうして妄想を浮かべるかといえば
“自分”は自分がみてきたものだけで
この世をイメージしているから

だから魂は
常に二重の構造にあるといえる

魂の全容として描かれてる一枚の絵と
自分がその絵の上でみてきたものだけで
思い浮かべている世界だね(合わせ鏡の世界)

まあそんなわけで
自分は”自分自身”を信頼せず
いつも無用な心配ばかりをしてるわけだが
そろそろあなたも気づいているように

つまり本当は
なにもしなくていい」んだ

 

6

時間が解決してくれる
それはすなわち
「なにもしないでいい」ということ

より正しくいえば、

時間が解決してくれる
それは“絵”に沿って動いていくということにある

だから「なにもしない」でいるとき
すべきことが自然に起きてくる

そう、懐中電灯の範囲が
ただ移動しているだけだからね

つまりそのことをしているのは
なにもしていないのと同じ

逆にいえば
なにかをしている感覚にあるのは
先のみえない領域に妄想をみているからであって

絵に描かれたことをやりながらも
絵とは関係のないことが観念上に
現れているということだ

むしろその”抵抗感”こそが
なにかをしている感覚であり

たとえば没頭や集中したり楽しんだりして
“時間を忘れるほど”に抵抗感がなくなるとき
それはなにもしておらず
絵とひとつ(=魂とひとつ)にある

最初は気分が失せていた物事も
やり出すにつれて
「だんだん気分が乗ってきた」
というときがあるだろう

そうして抵抗感がなくなるのは
妄想する自分が捨てられて
絵に描かれたそのものを読み取っているからなんだ

 

7

「時間が解決してくれる」もそれと同じで
つまり抵抗しなければいいんだ

起こるがままにただ従っていく
必要な行為や発想は
その時々で自然に湧き起きてくる

だから焦らなくていいし
人生を信頼していたらいい

するとやがて”絵全体”が変わりはじめる

つまり確定していた未来が
まったく別のものに変わるわけだ

ただしひとつだけ留意しておくべき点がある

話したように
絵全体は”無時間”のうちに描き変わる

だからいまあなたは数分かけて
これを読んでるつもりでいるが
実はこの絵はいま描かれたばかりだったりする

それどころか
あなたがいつの時代の人でどこの国籍で
性別も年齢も家族も人生経験のすべても
いま描かれたばかりなんだ

だから単に幸せや願望の実現といった
いま知ってる世界を前提にした変化では収まらない
抜本的な再構成が繰り返されているわけだが

では”次に生まれ変わるあなた”は
どのようにして決まるのか

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