コインはどこに置いてある?

コインに裏表があるが
それを幸せや不幸など
両極の比喩として用いられる

だから2つはコインという1つなのだと
あなたは教えられる

だがね、真実はもっと上空だ
それは「コインという概念がそこにある」
ということだ
コインの表裏やコイン自体に囚われ
それを見過ごしてしまう

コインの表と裏? そうじゃない
「2極性のあるものを定義したこと」に気付けば
あなたの超越が始まる
なぜあなたは「コイン」と称したのか
なぜ表と裏があるそれを表現したのか
コインの存在自体を深く見つめてみれば良い

両極の面とか、コインとしての統合性とか
そんなことじゃなく
コイン、その定義だ

コインがコインとして存在するためには
それ以外が必要となる

コインを置いているテーブルだとか
空間だとか手の中だとか
いわば、何かの中にコインがあるのだ
コインはそこで踊っているに過ぎない
マインドは手のひらの上で踊っていたのだ

だからコインの両極面を見ても
何の理解にも到達しない
そのコイン自体が何かの中にある
コインを通じてその「何か」を
探らなければならない

例えばスピリチュアルについて考察する人がいる
彼は一生かけてその難題に挑み続けるだろう
つまり一生というリミットの中で
その答えを見つけ出そうとする
だけども彼は気が付かない
彼の一生がスピリチュアルそのものだったのだ

死ぬ間際に
「結局答えは見つからなかった」と落胆するだろう
その一生自体がそれだったことを理解できない
答えの中にいるのに
どうやって答えを見つけるのだろうか

水の中で水を探す
探しても見つからない
あなたは途方に暮れるだろう

何でもいい
あなたが得ようとしていること
あなたが達成しようとしていること
それはすでにそこにあるのだよ

 

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