自己管理の法(24)

私の手にはスマートフォンがある
ホーム画面には
様々なアプリケーションが並んでいる
タスク管理やらカレンダー、写真関連、

それらは実在するのものではなく
OSという一枚の紙の上に
「これはカレンダー、これはカメラ」と
概念付けられたものだ
そうしてそれぞれが
機能として
ここに見えている

これは私たちが生きている
世界
そのものを意味する

ここで注意すべきは
デジタルの仮想世界ですら
ファイルサイズがあるということである

現実世界でいうところの質量
これは意識の占有量となる

スマートフォンはメモリ上に

プログラムが展開されるから
意識=物理メモリといったところだね

 

あなたはよく止まる

メモリ上にOS(あなた)という信念があり
そこにアプリ(他者や物事)という概念がある

iPhone用のアプリはそれ限定であるように

すべての物事はあなたの次元に制約され
その”あなた”は意識の上にある

あなたはOSだけでは”物足らず”、

多くの意味(アプリ)を展開するが

それぞれのアプリに負荷がかかると
全体のパフォーマンスに影響が起こりだす

つまり物事に囚われて
そこにメモリが消費されると
あなたはプチフリーズする

この状態は誰もが頻繁に起きている
仮に睡眠6時間、活動18時間としよう

その18時間でどれだけ
「意識の停止」が起きているかを知れば
あなたはゾッとするだろう

停止とはすなわち無意識状態のことだ
他者や物事に意識を奪われており

断片的にしか行為が見えていない
そしてすべてが重くて苦しい「処理」となる

さらに現実が所々ぶっ飛んでいるので

「自分が何をしていたか」については

記憶に頼らなければならなくなる
つまり記憶があなたそのものとなり
これが過去に支配される要因となる

つまり記憶の再生だけが生となる
記憶の中でのみ生き
その過去に対する定義から
未来を予測する

そうしてあなたは「いま」に留まれず
夢をさまよう人形と化してしまう

 

プログラムの世界を超える

肉体は呼吸をしているが
あなたが生涯そこに意識を向けなければ
呼吸はそこにあったが、
あなたの世界にはなかったこととなる

つまり世界とは
“あなたから”認識してはじめて
正しく現実化するのだ

それこそが意識的に生きることであり
メモリが最適化されている状態といえる

逆に世界の側に意識が引っ張られると
無意識状態に陥る

無意識に生きていると
すべてがあっという間に

過ぎていたことに愕然とするが
それは過ぎていたのではなく
単にあなたが止まっていたのだよ

あなたが止まる=世界も止まるから

何も想起されていなかったが

後で我に返った時、
時間の概念に囚われているゆえに

因果関係というストーリーを作り出し
妄想プログラムが展開する

エゴはその物語の主人公(バグ)となる

私たちの生きている世界は
三次元概念だがそれは妄想ではない
すべて現実だ
現実という幻想(プログラム)を見ている

スマホのホーム画面に
カメラアプリは存在する
存在するが実在しているわけではない

だが妄想は存在すらしない
無意識に生きていると
いつまでも地に足が着かず
フワフワとした人生が繰り返される

だから物事には整然を心掛けて
自分自身を常にオプティマイズすることだ

プログラムの中に生きるのではなく
それを転がしている立場にいること、
すなわち物理メモリそのものが
あなたの到達するところとなる

 

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コメント・質疑応答

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  1. すずまろ より:

    いつもとても楽しみながら読ませていただいています。
    どこで質問していいか悩んだのですが、ここで失礼いたします。

    Instagramでの投稿が好きなのですが、
    撮影に使っている機材や加工フィルターについて宜しければ教えていただけますか。

    本文と関係ないのとどこかで回答されていたらすみません。

    • -自分- 涅槃 より:

      すずまろさん

      カメラはiPhoneか
      ボケ描写のものは10年前の廉価一眼に
      安いレンズを付けたものだよ
      KISS DN+50mm F1.8

      仕事柄キヤノンの上位機種や
      大きなレンズもいくつか揃っているが
      本書のような写真にスペックは無用で
      フレキシブルであることが大切だね

      光が集うその瞬間を
      感じたままに収めるようにしている
      被写体はなんでもいい

      我々の見えている世界とは光の渦であり
      物体を見ているのではなく
      物体らしき何かに反射した光を見ている

      つまり光と影
      そのコントラストだけで
      世界は浮かび上がっているのであり
      そこに瞑想があるのだよ

      本当はそこには
      何もないのだからね

      蝶も猫も人々も、
      そしてあなたもそうだよ

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