人生という台本

独特のオーラを放つ俳優がいて
その貫禄から映画やドラマのなかで
際立った役柄をもらうことが多かった

善良だけでも悲劇に見舞われる役だったり
血も涙もない悪人の役だったり

だがその俳優が演ずるからこそ
その役の存在感は強まり
作品を引き締める効果を与えていていた

 

もちろん撮影を終えれば
一般人と変わらない

さっきまで演じていた
巨大病院の院長や高級弁護士の表情は
撮影現場に預け
いつものように電車で帰宅して
部屋でビールやラーメンを味わう

自分もまだまだこれからだ
でもいつかは大物俳優になるぞと
仕事のない日もひとり稽古に励んでいた

 

1

そんなあるとき
また個性的な役柄をいただくことになる

それは主人公を付け狙う極悪人の役柄で
台本をみてるかぎり「なんて嫌なやつだ」と
吐き気がするほど不気味な役柄だったが

これもステップアップだと考えて
仕事を受けることになった

撮影は順調に進み
役柄とひとつになったその迫真の演技は
製作陣や他の出演者も息を呑むほどだった

「これで自分もまたひとつ成長した」
そんな確信があった

ところがそのドラマが放映されはじめると
奇妙なことが起こるようになる

というのは視聴者がその不気味な役柄を
まるで自分の本当の性質のように
受け取っているからだ

電車のなかでは
突然に暴言を吐かれ

主人公を応援しているファンから
どこで調べたのか家にひどい内容の手紙が
直接届けられるようになった

それでもしばらくは
そんなことは撮影仲間たちとの笑い話で
「まあ有名税みたいなものだね」と
納得しようとしていたが

しかしなにか心の底に拭えないものがあり
それが日増しに大きくなっていることが
感じられていた

 

2

さらには仕事のオファーにも
影響が出るようになる

不気味な印象が世間に定着してしまって
予定されていた善良な役柄には起用できない、
つまり見送りの判断が次々されはじめる

「おいおいまってくれよ
自分がなにをしたというのか」

「大体、期待されていた通りの
仕事をしただけじゃないか」

しかしそんなモヤモヤした気持ちは
晴れることはなく
やがて所属事務所からも
仕事を干されるようになった

たまにやってくるのは
前と似たような歪んだ人物の役柄で
さすがに懲りたから断りはするけども
背に腹は変えられず

あまり目立たない作品に限って
受けることにした

とはいえ作品は営利のために
大々的に宣伝をしなければならないわけで
そこには自分の名前がはっきりと書かれている

もちろんギャラをもらえるのは
その作品が売れるからであり
文句など言えるはずもない

しかしそれをみた人が
またなにか吹っかけくるかもしれない

最近はひとりで電車に乗ったり
夜道を歩くのも怖い

またコンビニや店で人と
直に顔を合わすことさえ
ためらうようになってしまった

俳優仲間たちは同情してくれるが
その慈悲深い態度や表情が
なんだか演技にしかみえない

他人が信用できなくなるのは
いわば”職業病”みたいなものだ

そのせいでプライベートでは
本気の恋をしたこともない

そもそも本気ってなんだろう?

手を繋いで歩いてるときもベッドでも
自分も相手も芝居じみてる

それなのに
電話で話した家族によれば
どうやら声に元気がないらしい

心中を悟られないように振る舞っていても
家族にはそれが伝わってしまう

芝居の仕事をしてるというのに
魂まではそれになりきれないんだ

 

3

この俳優はやがて
大きな病気に見舞われる

怒りや惨めさや
世間に対する恐怖や将来の不安の日々で
体だけでなく心まで病んでしまった

職業欄には俳優業と書くけども
もうその頃には仕事はなかった

生活を支えるために
工場やウェイターなどのバイトで
毎日が費やされていた

もちろんいつも悔やんでいたのは
あの仕事に手を出したことで
「まともな仕事」が遠くなったことだ

酒を浴びるように飲み
誰かに口を開いては
その後悔と愚痴ばかりで
友達はみんな離れてしまった

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