出会う以前から結ばれているからこそ恋人は現れる

愛する人に裏切られてばかりだとか、恋人が現れないといった相談をよく受ける。その解決のためにまず”死”について少し考えてみようか。

誰もが自分の死を知ることはできない。また、自分が生まれたことも知ることはできない。なぜなら自分の生誕も死も、それを知るためにはその前後に自分がいなければならないからだ。

つまり自分の死を知るには、自分が死んだ”後”でその出来事を確認している必要がある。それは死んだことにはならないね。また、自分が生まれたことを知るには、”生まれる以前”にいて、自分が生まれてくることを確認してなきゃならない。となれば自分はそこで生まれてきたことにならない。

だから自分の生誕や死を誰も知ることはできないわけだ。

じゃあなぜ私たちは「生まれてくること」や「死ぬこと」を知っているのだろう?

それはもちろん他者の生誕や死を知るからだ。私たちは自分の死を知ることはできないが、他人の死を知ることができる。

ここまではよいかな?

私はあなたであなたは私

あなたに長年の友人がいるとしよう。

あなたはその友人がどのような仕草や口調であるとか、あの日はどのような服を着ていたとか、友人が街を歩いている姿などを覚えている。つまり「友人の記憶」はあなたが持っているわけだ。

逆にあなたの記憶は”友人が持っている“ことになる。

もちろんずっと一緒にいるわけじゃないから、友人や家族や会社の人たち、顔なじみの駅員や店員といった他者たちが、”あなたの記憶”を分け合って持っていることになる。そしてあなたも長年の友人の記憶を、他のたくさんの人たちと分け合って持っている。

しかしこのことをよく考えてみれば、奇妙なことに気がついてくる。

それは、あなたはいったい誰なのだろうということだ。自分のことは何もわからない。日頃過ごしている姿を見たこともない。もちろん自分が生まれてきたこと、そして死んでいくことを知ることもない。

それなのに、あなたが触れ合った人たちのことはよく知っている。その人が死んでいくこともあなたは知っている。つまりあなたはその人以上にその人のことを知っているわけだ。

言いかえれば、その人は自分のことは何も知らないのであり、それはあなたもそうなのである。

自分は誰なのか?

ということは、私たちはとても大きな勘違いのなかで生きていることになるね。

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