状況とひとつになる

あなたがポジティブな心境のとき
世界の安らぎの中に
溶け合っていると感じている

あなたがネガティブな心境のとき
世界から見放され
とても孤独だと感じている

つまり個人的な自分を見出さなければ
すべてが己を包んでいたことを知るわけだ

雨雲去ったあとに
その上にはずっと青空があったと
知るようなもの

だから苦境に陥っても
その状況とひとつになっているといい

人も物もすべてあなたの意識の産物
すべてあなただけのために
それらはそこにある

切り離された「自分」の観点で
それがうまくいってなかろうが
どうでもよいのだよ

幸福とか不幸とか
そんなものは解釈でしかない

どうあろうがあなたは包まれている
だから状況とひとつになることだ

ならば自ずとうまく流れていく

 

 

 


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コメント・質疑応答

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  1. 情けない男 より:

    自分さんこんにちは

    私はやりたいことがあります。
    しかし周りの人はそれを止めろといいます。

    私はそのことで同じ失敗を繰り返しているので、もう一度やっても同じだと言われます。

    私が変われば自ずから動かなくても勝手にそういう状況になると言われます。

    でも今の待っている状態が嫌なので行動を起こしたいのです。

    今の私の状態で動いても同じことの繰り返しでしょうか?同じことを繰り返したくないのなら動かない方が良いのでしょうか?

    同じことを繰り返すのは失敗から学べていないか、それに慣れてしまっているからです。

    私はこのことを実現させようと長い間努力しています。努力したというより勝手にそういう努力が起こっています。

    ある人は「それが実現したらあなたは不幸になるから叶わないのだ。」と言います。

    言われてみると少し良い思いもしましたが、トータルで観ると損失の方が多いです。

    自打球を食らっているのは分かります。これを止めれば楽になれるのも分かるのですが、これを実現させるのが唯一の生き甲斐なので止めれないのです。

    他に生き甲斐が見付かれば止めれると思います。

    このまま実現せずに死に際を迎えた時「私はこれだけを実現する為だけの人生だったな。」と振り返ると思います。

    「そういう人生でも良い。これを実現する為には地獄でも良い。」とも思います。

    人に馬鹿にされてもこのことをやり続けても良いでしょうか?

    人から見れば本当につまらないこと、下らないことで悩んでいます。

    このことを軽く思えれば楽なのですが重さがあるので悩みます。

    • 五月雨祭 より:

      横から余計な世話を承知で述べますが「結果を求める」を起点にすればループするだけかと。
      まず積みまくっている「それ」に関する荷物や求めている基準となっている定規を捨ててみたらどうでしょうか。

    • 29歳 より:

      情けない男さん(そして自分さん)

      コメントを読んでいて、昔の自分のことを思い出さざるを得ませんでした。

      私もかつて、どうしても成し遂げたいことがありました。
      それこそ何年も費やしましたし、何度も失敗しました。
      周囲の協力もありましたし、本当に努力しているとも言われました。
      しかし宇宙的な巡り合わせもあり、結局は叶いませんでした。

      「挑戦して、また失敗して、すごく痛い思いをして、
      もうこんな思いをするならあきらめるしかないと、
      その生きがいを手放さざるを得なくなる」結末になるような気がします。

      他の生きがいが見つかればいいという話ではありません。
      生きがいを持つこと自体が、
      生きがいを持ちそれによりアイデンティティを形成するあなたの存在が、
      自己には認められていないのです。
      何かを起こしているのは、あくまでもあなたではなく自己なのですから。

      努力が自己の働きにより起こっているといっても、
      それすらも最終的にあなたを完全崩壊させるための、自己の企みなのです。
      そして、自己だけでなく世界(宇宙)も含めて、そのように回るのです。

      あなたが変わるという文脈については、
      その生きがいを手放しなさいということではないのでしょうか。

      アメリカの覚者アジャシャンティが述べているのですが、
      ロードレーサーの選手としてはもうやっていけないことが頭ではわかっていても、
      自分はどうしても選手並みの訓練をやらざるを得なかった
      その度に何回も大病になり、健康的なスポーツマンであるという
      自身のアイデンティティを捨てるまでは状況が改善しなかった、
      という話があります。

      私の場合はそれが学問で、病気はうつ病でしたが、同じようなものでした。
      情けない男さんの状況が、必ずしもこの話に合致するわけではないでしょうが、
      これは人間に見られる特有のパターンの1つではないかと、私は思うのです。

    • 自分 -涅槃- より:

      情けない男さん

      ひとつ伝えておくよ
      まず「周りの人」とはあなたの心の創造物だ
      基本的に他者とは
      あなたの心の状態を表現している

      だから常にあなたにとって
      人の意見や存在とは
      良いか悪いか
      どちらかしかない
      まずそのトリックを見破りなさい

      次に成功か失敗か

      あなたはいまそこにいるだろう?
      これまでにした失敗とやらを数えてみなさい
      幼少から小学生の頃
      中高生、大人
      昨日、今日
      それでもあなたはそこにいる

      つまり成功か失敗か
      そんなことは非常にどうでも良いことなのだ

      じゃあ何かといえば
      行動があったか、なかったか
      それだけなのだよ

      動けば
      世界は変わる
      動かなければ
      同じままで留まる

      好きな方を選ぶだけだよ
      重さはあなたが作りだしている

      椅子に座ることと
      何の変わりもない

    • 情けない男 より:

      いつもありがとうございます。
      感謝 拝

    • 自分 -涅槃- より:

      情けない男さん

      こちらこそありがとう
      あなたにとっての本書は
      あなたが生み出している
      存在を与えてくれて感謝している

  2. mmrc7 より:

    はい!って事?

    • 涅槃の書-自分 より:

      mmrc7さん

      すべてをYESと受け入れるとき、あなたは自分自身をちゃんと見ているということだ。それは自己を犠牲にして他者のケツを拭けということではない。その違いを理解しておかなければならない。

  3. aslan より:

    今日は、身近な人ではないが、ネット上で「悪意の在る」書評を読んだり、ブログの記述に「悪意」を感じたりした。
    それは私が見つけなければ見つからない記述なのだから、私の心の状態の投影であるのかもしれませんね。
    そう思うと、反論したりする気はなくなりますね。

  4. mmrc7 より:

    無次元にいることが無限地獄なんですね。
    バスに乗って座っているときなどに無次元に、同じお題でいってしまいます。このパターンを抜け出したい。

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