幸せの大通りを歩いていく

仏教に中道というのがあって

楽をしすぎてもだめ
無理をしすぎてもだめ

その真ん中を歩めといわれる

やってみればわかるが
その中道とやらは
実はまったく次元が違うことがわかる

つまり3本あるうちの
「真ん中の道」ではないのだ

たとえば家が建ち並んでいて
左側から入っていく通りと
右側から入っていく通りがある

それぞれ楽な道と無理な道としよう

しかし中道とはそれらとは
別の抜け道を探すということではない

このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。→ . 会員登録はお済みですか? 会員について

この記事を保存・共有できます。

Notes , , , , , , , , , , , , , , ,

コメント・質疑応答

会員記事のコメントは記事上ではログインしないと表示されません。
会員の方はユーザー名が入ってしまうので別名を希望の方はこちらで申請してください。
連続投稿する場合は「自分の最初のコメントに返信」してください。
記事に無関係なコメントは禁止です。良識の範囲内でご利用ください。
業者からのスパム広告を防止するシステムを採用しています。短期間内に連続投稿をするとシステムにスパム登録されてしまい一切の投稿ができなくなりますのでご注意ください。

  1. tomonori より:
    このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。
    • 涅槃の書-自分 より:
      このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。
    • tomonori より:
      このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。
    • 涅槃の書-自分 より:
      このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。
  2. tomonori より:
    このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。
    • 涅槃の書-自分 より:
      このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。

コメント・質疑応答

  関連記事