愛と憎しみは紙一重

以前は素敵だと思えた人がいて、その人の一挙一動があなたに感銘を響かせていた。だがあることがどうしても気に入らず、それ以後はその素敵な人から距離を置くようになる。

会社の上司でも旦那さんでも芸能人でもなんでもいい。

相変わらずその人は活動しているのだけども、以前は響いていたすべてがいまはとても不快にみえる。「またあの人同じことをやってる、バカじゃないの?」とね。

1.

こうして文面を読んでいれば、すべては「そのままあり続けている」わけであり、快も不快も自分の捉え方の問題だとわかる。もちろん気に入らないことはあったのだろうけども、それさえも主観的なものであり、もしかすると誰も何も故意などなく、勝手に思い込んでいるだけの可能性もあるわけだ。

ところが実際にリアルな体験の場になると、こうして「離れて全体を見つめる距離感」が失われてしまう。

近視眼的というやつだ。目先のことに囚われて、全体が見えていない様子をいう。

このとき凄まじい臨場感で世界を見ていることになる。あまりに近すぎて、相手はただ自然にやっていることがあなたにはそれが猛烈な脅威としてみえる。

2.

同じ原理を別の角度からみることもできる。

たとえば遠い憧れの人がいて(海外セレブや大物アーティストのような)、その人のすべての行動が素晴らしいものにみえる。いつもエレガントでそして聡明だ。

あなたはその人のようになりたい。だがやろうするほど苦しいことになっていく。そうして「やっぱり自分は本物にはなれない。だってあの人たちはこんな大変なことが維持できるのだから」と考える。

だがこれも近視眼的な「脅威」と変わらない。あまりに近くに寄りすぎて、その人が普通に呼吸していることさえも、あなたには超人の次元にみえるのだ。

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