世界の方から己の現実を変える方法

ここしばらく同じ傾向の質問や疑問がメールで届いているので、手記にまとめておこう。先にすでに返信させてもらった人には一部同じ言い回しが含まれることは先に断っておくよ。

さて、まず頭に入れておかなければならないのは、たとえイエスの言葉であれ、釈迦の言葉であれ、すべては人間の作り出した概念であることだ。神や天使、諸行無常や空も、タオも唯識も、また「悪いことをしたら報いが来る」とか「信じれば救われる」というのもそうだ。すべては「言葉」として置き換えられた表現であり、いわば芸術家が作り出す絵画などの作品と変わらない。

つまり人間が非自然的物として受け取るすべては、たとえそれが崇高なものであろうともマインドの産物であるということだ。だがそのように「制作」しなければ、人は伝えることも、そして受け取ることもできない。

非自然物というのは、人工的にみえているものだけではない。たとえば太陽や青空や宇宙もそうだ。それらも「人間の制作物」となる。なぜそれを「太陽」と呼ぶのだろう?「宇宙」と呼んで扱うのだろう? そのように識別されたもの、認識できるものはすべてマインドの産物となる

もちろんあなたの家族や友人たちの姿や、彼らが「誰であるのか」ということ、また恋愛や仕事も、つまりこの世の光景のすべてがそうである。

1.

言い換えれば、私たちは常に言葉と関わっていることになる。目の前のペンが何色であるとかどんな形であるとか、それらもすべて認識されたものであるからだ。つまり人間は己が作り出した世界(意味や名前をつけた世界)からは抜け出すことができない。

よって「宗教」というのは、それ自らがマインドの作り物という制限のなかで、「いかにして自らを超えた領域を明らかにするか」ということ、それが宗教というものとなる。つまり月をさす指であり、それは月ではない。だがそのさす指のほうへ、その何もない先に月はあるのだ。

またよく言っているように、聖画はそうした「人の世」の構造を知らしめる目的のために描かれている。つまり聖画は描かれていないものを描いているのであって、その描かれていないものを描くことはできないゆえに、その手段として聖画があるというわけだ。般若心経などの経典もすべて同様であり、そこに「記すことができないもの」を記している。

だから真理を示すものは根本的に「意味不明」でなければならず、それはもちろん「意味があってはならない」からだ。釈迦が花を一本だけ手にして沈黙した有名な光景、拈華微笑はまさに「意味などない」ゆえに、言葉の世界を超えたものが、その「」の向こうに垣間見えるのである。

2.

このように人間とは「意味の世界の住人」であり、意味の世界とは常に整合的、合理的で「なければ」ならず、筋が通って「いなければ」ならず、それゆえに他者との対立や、また自分の不完全さを感じたりなど一切の不幸や不足が生じ続ける。

じゃあ人生が苦悩に見舞われているならばどうするのか。

しかしその苦悩と戦い続けるということは、意味の世界にはまり続けるということであり、より苦悩の意味を強化していくだけでしかない。

そこで根底的に世界の捉え方を変えなければならないわけである。

ところで人間はすべてを「非自然物」として受け取らなければ、世界を認識できないということは、すなわち人間そのものが概念であるということを意味する。常に自然と対立したものとして、つまり月ではなく、それをさす指として、常に私たちの世界は開いている。

それはまた人間が言葉の構造を己の「目の前」にみているのではなく、「言葉の構造のなか」に己そのものが現れているということだ。

言葉の構造、この巨大な網には、意味という無数の「網目」があり、その個別の網目が星座のように仮想的に結ばれたもの、その星座としての結果が「あなたという現れ」となる。つまりこの現実においてあなたは実在ではない。「世界の意味」より先にあなたが存在しているのではないのである。

現実という意味の集合によって、その結果によって、それを「認識せざるを得ない」あなたが現象しているということだ。

3.

よって「見たら見える」のは、あなたが見たから見えたのではなく、それはすでにそこにあるからあなたは見たのであって、あなたの世界がすでにあるからあなたはそこにいる。

合わせ鏡の部屋に入ったら「すでに像は浮かんでいる」のであって、右手を上げているあなたの姿(世界)はすでにそこに映し出されており、その映った世界をみて、あなたは自分が右手を上げていることを知るのだ。

だから人類はこの世界が「なぜ存在しているのか」を解明することができなかった。よく使う表現だが、人類が己そのものを在らしめている世界をどれだけ探っても、それは自分の右足を自分の右足で踏もうとしていることに他ならないからである。

たとえばあなたが怒るとき、それは怒らせる何かがあったからであり、あなたが嬉しいときは、嬉しいと思わせる何かがあったからだ。それが他者を通じて伝搬されてきたのならば、その他者も一連のシナリオに組み込まれている。

このように手にした台本のままに、私たちは「見さされ」「喋らされ」「考えさされ」「感情を引き出され」ている。すべてはシナリオ通りなのだ。世界のなかであなたが活動しているのではなく、世界が活動している結果にあなたがそこに現れているのである。

じゃあこの現実は変えることができないのか、といえばそうではない。

だが「通常の観点」を逆転させる必要がある。それはあなたが世界を変えようとするのではなく、世界そのものが変わることで、必然的にあなたも変わるということだ。つまりこの手記のタイトル「世界の方から現実を変える方法」というのは、むしろそうでなければならないのである。

ではどうやってこの巨大な世界そのものを変えることができるのか。そのためには、もうひとつだけこの世の生成の原理を押さえておかなければならない。

4.

次のポイントは、このあなたの世界(星座によって結ばれた世界)は、常に過去をフィードバックしながら、現状を保ち続けているというシステムを理解することにある。

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