「現実」の説明書

この世に存在するすべては
「それとそれ以外」を必要とする

表現は様々だが
いわば表と裏の二面があって
それが成り立っているということである

物であれ出来事であれ
すべて二面や二極があって
現実上に存在できる

つまりその両極がなければ
そこには何も見当たらないということだ

さてその「何もない」ところに
そうした二元性の魔法をかけて
あれやこれやと
次々と生み出している者がいる

あなたのことである

そんなわけで
周りを見渡しても頭のなかにも
たくさんのものがあるわけだ

そんなに生み出せるわけだから
さぞハッピーな暮らしを
満喫してることだろう、

と言いたいが
そういうわけではなさそうだね

その二元性の魔法だけども
いまあなたがやってるのは
乱発でしかない

つまりいまいち
その使い方をわかっていないのだ

何かがあなたの意識上に現れるとき
つまり「現実化」するとき
ある原則があることに気づいているだろうか

何かが現れているとき
その反対のことを思っているということだ

たとえばお金がわかりやすい

お金の存在が最もリアルに感じられるのは
「いまお金が足りていない」というときだ

たくさんあるときは
大して意識には上らないだろう

お金はあなたの意識上で
その姿を消している
つまり目の前に潤沢にあるほど
それは「存在しない」のである

逆に足りないときほど
その存在が強烈に浮き彫りになる

つまりそこにないときほど
それは「存在する」のだ

 

1.

万物は全体という大きな砂場から
象られているもの

ここでは砂場を
「一面に輝く光の砂場」のように
イメージしておこう

そこに強い意識が加えられて
砂場で何かを造形する

さてその向けられる意識、
つまり造物のエッセンスとなるもの
それはなんだといえば
」のことだ

光に陰が与えられて
何かが生まれる
これが二元性の根本原理となる

私たちはそこに何かがあるとき
その見えている対象物に注意を奪われる

だが重要なのは
その対象物の輪郭の外側なのだ

どんな物でも
どんな出来事でも
それ自体は単独では存在できない
必ずそれに対立する要素が必要となる

たとえば自分の手をデッサンするとき
誰もが手から描こうとする
だが手の周辺の風景から描いても
手は最後には浮き上がってくる

これは後者の方が
「この世の真理」により近い見解となる

だがあなたにとって
そうして「最終的に浮かび上がった手」は
なんだかリアルでないものに感じられるだろう

どうせならば手の詳細な部分を描きたい
指の骨が浮き出ている感じとか
肌のしわや産毛の感じだとか

そうした「リアルを求めたい」
という欲求がある

だがその「リアルさ」こそが虚像なのだ

あなたがこの現実だと思っている世界
そのすべてがありもしない嘘っぱちなのだよ

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  1. tamatama3 より:
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  2. shiy より:
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