怒りを鎮めるには

誰かと話していて主張が食い違って
だんだん腹が立ってきたり
家族に対してイライラしてきたり

上司に怒鳴られ
頭の中が真っ白になって
暴れてしまいそうになったり

まあいろいろあるが
そのようなネガティブな怒りに
流されてしまうと
必ずろくな展開にならないことを覚えておこう

望んだ状況ではないからこそ
怒りという「反応」が起きているのであって
その怒りを選択してそれを追求するのは
望まない道をひたすら進んでいること
なるからだ

実際怒りを爆発させて
瞬間的にすっきりしたところで
その爆破によって破壊された関係は
なかなか修復ができない

以後はその破壊された世界のなかで
人生が展開していくことになる

最近は煽り運転による事件が多いけども
突然鳴らされたクラクションに
殺意を覚えて相手を追い詰めたりというのは
この典型的な末路といえる

こうした痛ましい事件が起きて
犯人が逮捕され
じゃあ心底反省をしているのかといえば
そうでもなかったりする

もちろん口では謝罪をするけども
実際の心中は
「悪いのは向こうで自分は悪くない」と
自分を肯定する感情が沸いているからだ

この期に及んで反省がないのか
となるけどもここが重要なところであって
つまり逮捕されても
まだ「反応」に引き摺られているわけだ

つまり彼は
自分で選んでると思い込んだまま
実は「望んでもいない人生」を
いまだ自ら突き進んでいる様子にある

 

1.

これはあなたにも言えることだ

いつも話しているように
無意識的な反応として生きる限り
理不尽を感じ続けることになる

その理不尽を解決するために
他者や世間と戦い続けるわけだが
それは最初の時点から自分の人生ではないのである

そんな「反応的な怒り」のなか
いったい何が解決できるというのだろう?

その怒りはそもそもあなたのものではない

AとBが交わるときに起きた
化学反応のようなもので
それはAでもBでもないのだ

あなたはAで相手はBであって
化学反応Cはどちらにも属していない

だがあなたはそのCを
自分や相手のことだと思い込んでしまう

己はCで相手もC
つまりCのなかに閉じ込められてしまうわけだ

そうなると本来のAやBは見失われ
Cの法則に巻き込まれ続けることになる
唯一納得できる解決はといえば
相手をねじ伏せることしかない

あなたからすれば相手は自分と同じ
Cのなかに存在しているのだからね

煽り運転で罪を犯した彼は
いまだCのなかにいる
彼にとって被害者はCであり
Bの姿はまだ見えていない

彼が事の重大さに真に気づくときとは
Cの夢から目を覚ましたときとなる

そこではじめてAとBが
Cとは無関係だったことに気づくのである

 

2.

だから発端はなんであれ
とにかく怒りを鎮めることが大事となる

その怒りはあなたにも相手にも
まったく無関係なものであるからだ
そんなもので人生を台無しにしてはならない

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  1. morgan より:
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    • 涅槃の書-自分 より:
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