明日は明日の風が吹く

同じような文言が
古今東西いわれてきた

たとえば仏教ならばこうある

過去は過ぎて未来はまだ存在しない
だからいまこの瞬間のみ観察し続け
心動ずることなくただ為すことだ
(二カーヤ・中部)

また聖書ならば
明日のことを思い悩んではならない
明日のことは明日が自ら思い悩む
その日の苦労はその日だけで十分である
(マタイによる福音書6章34節)

つまり明日は明日の風が吹くわけで
いまだけをしっかり生きなさい
リアルタイムに在りなさいというわけだ

もちろん釈迦もイエスも
超越的な示唆をほのめかしているけども
いきなりそちらに飛ぶのではなく
もう少し”手前”から解釈しながら
その超越に到達してみよう

 

1.

仕事や人間関係で
こんな経験があるかもしれない

昨日はあれだけスランプだったのに
今朝になってみればスイスイと捗ったとか
あれほど不安に怯えていたのに
実際会ってみたら全然そんなことなかったとか

昨日の苦悩はなんだったのか

昨日と今日とで
違う世界が開いているみたいだ

つまりいま悩んでることが
明日には考えるまでもなく解決したり
いま窮地に陥っていることが
何でもなかったように流れたりするが
「なんでだろう?」ということだね

人は明日をいまの延長で考える
だからいま思い悩んで解決しておかないと
明日はまた大変だと考える

だけども釈迦やイエスは
そんなことをする必要はないという

明日は明日に任せておけ
その代わり今日できることを
精一杯やれとね

実際あなたも
翌日には解決しようとするまでもなく
ごく自然に解決していた経験があるはずだ

そればかりか
「人生のすべてがそうなのかもしれない」
ということに気づくかもしれない

 

2.

さてどうして明日は「別の風」が吹くのか

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