目覚めのスイッチ

スイッチが入るというときがあるだろう

テキパキ動き始めて
その勢いのままに
様々なひらめきが起こる

それは日頃自分を覆っている
モヤモヤした意識状態が取り払われて
もっと深いレベルの意識に
つまりより広大な領域に繋がったということだ

まるで霧が晴れたように
すべてが明瞭になり
泥から抜け出たように
足は軽やかに動く

難しいと思っていたことが
簡単に片付いていく

抱えていた不安な気持ちが
綺麗さっぱり消える

これは言いかえれば
スイッチが入らなければ
人間は「新しい世界」を
何も開拓できないということだ

 

1.

日頃の状態すなわち表層の
小さな意識の世界を生きていることは
ただ眠っている状態にあるといえる

その眠りとはなんだろう?

たとえば人は
別にそう指示されているわけではないが
「なんとなくそうしなければならない」という
前提のうえで存在している

まず犯罪をしないことなどがそうだが
それはどんな人であれ
常に他者を意識しているということだ

どのような極悪人であっても
悪事を働くときは
「悪事をしよう」としてそれをはじめる

つまり以後の展開はどうであれ
誰もがとりあえずは
他人になるべく迷惑をかけないように
(他人と関わらないように)
しようすることが頭に働いているからだ

これは以前のペルソナの話でしたように
「自分」は他者がいて「はじめて存在するから」である

だが人々は極力他者に関わらずに
「自分」を切りたてようとする

そして自分の力ではどうにもならないと
感じたときに悪人は悪事を働き
自己中心的な人は傲慢になる

しかしそれらもやはり
「自分」を独立させようとする他者への対立であり
言いかえれば他者と自分という不可分な関係が
常に人間を支配していることになる

だから他者が存在せずして
悪や傲慢という概念は生まれない

同様に世間体や常識なども
社会で生きていくうえでの
最低限の掟のようなものだ

それらは考えてそうするのではなく
考える以前のもの、
何かを考えるときには
その掟がすでに土台にあるような様子にある

つまり何をするにしても
無意識的に前提としている何か」がある

だから表現上では時代や文化だと
いったところで結局は「宗教」なのだ

人間は宗教に包まれている

キリスト教や仏教のことではなく
いわばそれら古典宗教を
「崇拝する」ということ自体が宗教なのである

就職して働いて給料をもらい
そのお金で家賃や光熱費を払うことも
全世界を覆い尽くしている宗教であり
人々はどこで入信したわけでもないその教えを
信じているからこそ
世の中が成立していることになる

言いかえれば互いに他者の存在を意識し
そして他者と共存するために
「人間という宗教」があるわけだ

つまり人間が人間であるためには
柱となる何らかの拠り所を必要とするといえる

それは人間は動物と違って
生物的な拘束を超越できるからだ

だから何かで縛らなければならない

そうでなければ
溢れる水のように
取り留めのないものとなってしまう

ここにヒントがある

 

2.

つまり人間であるために
人々は「人間の常識」という幻想に包まれている
いってみればスケジュールの決められた
ツアーに参加にしているようなものだ

左に見えるのがマーライオンです
あちらが世界最大の観覧車です

その幻想に浸かり続けている限りは
何も考えなくていい

「人間の宗教」という観光ガイドが
人生を案内してくれる

ただ朝起きて働いて生活費を稼いで
それを月末に支払えばいいのだ

また知人に異性を紹介してもらって
お決まりのデートを重ねて
一緒に暮らしはじめて家庭を築けばよいのだ

だが人々はその
「何も考えなくていい世界」を
一生懸命に考えている

「もっと違うものがほしい」
「誰も自分のことをわかってくれない」

ウィキペディアによれば
パッケージツアーの利点は

「添乗員が同行するから
放り出されたような不安感がない」

「現地の情報収拾は自分で調べなくともいい」

といったものが挙げられているが
逆に欠点は

「スケージュールが細かく設定されて
動き回らされる」

「時間に追われて十分に光景を味わえず
労働させられているような気分になる」

こうしてみてみれば
まさに人間の世界そのものだといえる

つまり人々の苦悩とは
「何も考えなくていい世界」で
「あれこれ考えていること」にあり
苦悩から解放されるには2つの道がみえてくる

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