整えたりまとめたり解決したり
郊外の交通量の多い道路で
ゴミが投げ捨てられてあるのを
よくみかける
コンビニの袋やペットボトル
タバコの吸いがら
電車や高速道路の高架下の
日陰になってるようなところで
信号待ちの車がポイっと捨てるのだろう
心理学の検証で明らかになったように
そこに何かが捨ててあれば
自分も捨てていいと思うようで
あっという間にゴミ山になってしまわけだ
1
さて、人間ってのはこのように環境を汚して
ひどいものだなと思う一方で
しかし定期的に手入れをしなきゃ
雑草など植物も伸び放題になるだろうし
そう考えてみると人間がいない世界は
たしかに産業的なゴミはないが
自然は荒れ放題の風景でもあって
だからゴミの山になっているのと
植物の荒地になっているのは
共通した何かがあることになる
もちろんプラスチックと
純粋な自然を混同しているのではない
そうではなくてここでみえてくるのは
自然世界であれ人工的な世界であれ
私たち人間にとって
それが無秩序であってはだめだということだ
たしかにより高次な視点
たとえば宇宙全体の観点からすれば
その荒れ放題も秩序のなかにある
それゆえ人間の尺度では
あくまで無秩序に見えるということ
つまり人間の日常的な観点に留めて進めていこう
2
私たち人間は
散らかっているよりは片付いているほうを
好む傾向にあるけども
たとえそれが自然の風景であっても
荒れ放題の純自然な原生ではなく
伊勢の夫婦岩のような
偶然に均等して整っている姿だったり
天国みたいな湖や神々しい滝のように
そこらにあるような自然ではない風景を好む
人間はそこに調和をみるからだ
そしてそんな感覚的に受け取る調和をもとに
自分たちの身の回りや
社会といったものの”基盤”を創りだしていく
たとえばその時代の髪型やファッションにしろ
また仕事の進め方や都市計画にしても
さまざまなものが
何らかの秩序と調和をベースにしている
だがその基準はなんだろうかといえば
やはり感覚的なものであって
私たちの意識の根底にある美的感覚や
バランス感覚に依拠しているはずだ
つまりその均等が崩れると
人は自分を恥ずかしく思ってしまったり
何から手をつけていいかわからなくなったり
また犯罪や自分勝手な人が増えたりする
それはゴミの山や伸び放題の荒地と同じで
無秩序な様子に人は創造性を発揮することができず
だからまずその荒地の雑草を抜いたり
土を耕すことからはじめる必要がある
秩序と調和にはある種の静寂がある
神が宿っているなんて言われる名所のように
その静けさにおいて
人は心の安らぎやインスピレーションや
生きてることの実感を得たりする
人生も同じで何も意識しなければ
生活リズムは乱れ部屋は散らかり
人間関係は雑になったり
思考はネガティブに偏るわけで
“自然に”崩れていく方向に流れていく
それはまさしく
エントロピーの増大そのものにある
つまり放っておけば増大していくその自然に
“抵抗”し続けることで
人生は豊かになり生の実感を得られることになるわけだ
3
とはいえエントロピーに逆らうには
それなりのエネルギーが必要となる
前向きな意志や注意力もそうだし
何かに対する自覚や自律する心
そして愛情や思いやりもそう
つまり調和を保つには
己自身のエネルギーを正しく用いることが
肝となるのであって
自然に任せてたらただ崩れていくものを
自らの意志や意識で整え続けなきゃならない
放っておけば髪も爪も伸び放題で
お風呂に入らなきゃ人に避けられるだろうし
無職生活にあまりに浸かりすぎると
いざ行動を起こそうにも気持ち負けしてしまう
それゆえただ流されて生きてるときよりも
Notes 人生, 創造, 存在, 宇宙, 感謝, 生きる意味, 生き方, 生命
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