占いと科学

豊かで便利になった時代ゆえに
人々は方向を見失いがちになり

19世期ごろの衰退から
再び占星術や風水が興隆している

ところでこうした占術とは
そもそもなんだといえば
「大いなる流れ」をみることにある

もちろん人間が認識する世界においては
「大いなる流れ」は
姿や形に”翻訳”されて現れている

つまりそれが天体だったり
大地や天候だったりするわけだ

夜空の星や天体の配列そのものが
大いなる流れの”現れ”であり

ゆえに「数字」によって
宇宙の謎が解き明かせるとした
ピタゴラスにしろニュートンにしても
その慧眼を持っていたゆえの偉業を残した

ただし注意しなければならないのは
よく陥りがちになるように
占いの「方法論自体」に縛られてしまうことだ

そもそもこうした方法論のことを
「科学」と呼ぶわけで

「水は100度で沸騰する」とか
「4月生まれは牡羊座」は
同じ”科学的”な解釈にある

「こんな科学の時代に
宗教の加護なんて信じられない
信じられるのは預金残高と病院の結果だけ」

なんて人々はよく言ったりするけども
ところが宗教と科学は対立するものではない

宗教は「大いなる流れ」を
神や仏という”目印”をおくことで
それに向かわせようとする

科学もまた「大いなる流れ」を
どのように解釈するかにある

だからやってることは同じなんだ

なによりいま信じ切ってる科学もまた
時代が変わればやがては違う解釈となるわけで
つまり科学そのものを信じるのではなく
科学が”信じているもの”に目を向けなければならない

そのときにようやく
「科学的思考」は有用となる

つまり起きたことを
「どのように解釈するか」によって
それが幸福か不幸であるかが決まり

言いかえれば
起きたことのその”本当の源泉”にあるものは
幸福でも不幸でも
どちらでもないのだとわかるようになる

わかるかい
「解釈をしている己」に
“自ら気づいている”からこそ
その本当の源泉がみえてくるんだが
同時に人生はより創造的に発展するんだ

ニュートンはそうして”錬金術師”となったわけで
それは自由に商売をしたり
創造的に暮らしている人たちもみな同じ

物理学も信心する心がけも
どちらも”正解”なんだ

 

“私たち”はなにをしているのか

というわけで
豊かで便利になったこの時代で
迷子にならないためには

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