あなたはずっと導かれている

まだとても小さかったころ、命を失う危険に遭遇していたときに親や誰かにひょいっと救い上げられた記憶があるかもしれない。

当然ながら、だからこそあなたはいまここにいるわけだけども、しかし”どうして”救われたのだろう?

たとえば深いプールにも笑いながら平気で沈んでいくし、走行中の車の窓から腕をひろげて飛び出そうともする。だがそれは、幼いあなたは単に無知で無謀だったわけではなく、むしろ、いまのあなたが知らないことを知っていたんだ。

それはなにかといえば、いつもなにかに包まれていること、そのなにかに守られ、そして導かれているということだ。

 

生命の”奇跡”

ところで人間は他の生き物と違って自立するのがとても遅い。

つまり親や周りに食べ物や寝床などを世話してもらわなければならない幼年期が他の動物よりもはるかに長く、当然ながら”危険なもの”に対する判断力もない。

そんなわけで、あなたにしろ街ですれ違う人々にしても、周りにいた誰かの手を借りることができたからこそ、いまこうして外を歩いてる。

考えてみればすごいことだね、いまの”自分の力だけで生きてるあなた“からすれば奇跡としか思えない。

一度も食べ物や寝床を欠かしたこともなく、愛情があるにしろ悪態をつくにしろ、親なり誰かがいつもそばにいて己を世話する人がいたことは、ただ驚くしかないだろう。

まして自分はまともに言葉も発することもできず、なにひとつ自分のことをしていない。もちろん大人のあなたのように、してもらったお礼にとなにかをお返ししたこともない。

「なにかをしなければならない」といつも焦っているあなたとは真反対にあったわけだ。

 

本当は”奇跡”などない

だがやがて自分の言葉を話し、なにかを判断したり決断したり、また自分のためにしてくれた他人にお礼をするようになって、つまり自分ひとりで生きられるようになり、人生を思い通りに”うまく”コントロールしようとするにつれて、奇跡はだんだん感じられなくなった。

むしろそんな現実が「当たり前」になってしまったからこそ、幼き頃の日々や、想定しない幸運や救済が”奇跡”に思えるわけであって、本当は奇跡なんかではないんだ。

つまり人生で起こる様々な出来事、他人や世界を信頼することがいつの頃からかできなくなり、実はいまも守られ導かれているというのに、そのことがみえていないだけにあるわけだね。

 

あなたを支えてくれているすべて

たとえば親に愛されずに育てられて性格がひねくれてしまった場合なんかはその典型にある。

たしかに親は愛情をみせてくれなかったかもしれない。そして粗末な食べ物や住居に放り出されていたかもしれない。いまもまだ抱えている心の傷を受けたかもしれない。

だがあなたは”奇跡”に包まれていなかったのだろうか?

他の子どもたちの親や生活環境を比較して、その良し悪しにばかり注意が向けられて、己がいまここに存在しているという奇跡を忘れてしまっただけなんだ。

これは「じゃあ酷い扱いをされて生かされるのも感謝しろというの?」という話をしてるのではないから、もう少し読み進めてみよう。

いまの毎日にもいえることだね。仮にあなたが失業中で面接めぐりの日々に理不尽や不幸を感じているとき、だがその面接に向かうための靴や電車や親切に道案内してくれたコンビニの店員がいた。

たとえその向かった先の会社で採用にならずとも、だが”その結果”もまた、導かれているんだ。

 

明るい世界のなかで

たとえば私はこうしてあなたに伝えているが、”私たち”がこのように出会うまでいろんなことがあった。

私は八方塞がりな現実生活のなかで、つまり暗闇に覆われた人生のなかで出口を探し続け、それこそあなたと同じようにいろんなことを徹夜しながら学んでいた。そこにはたしかに希望が感じられた。それは長らく忘れていた懐かしいなにかだった。

だがそれでも結局は、早朝の地下鉄に乗って労働に向かう自分がいる。将来の不安を抱え、そしてそれが少しでも”うまく”いくようにと、世知辛い世の中に理不尽を噛み締める自分がいる。

毎日は冷たい石壁に囲まれた狭い牢獄のようなものであり、その独房のなかで「どうしてこんなことになったのか」とその発端をなんども振り返ってみるが、同時に昔の自分を包み込んでいた楽しげな陽の光が、あの明るかった世界がまるで他人の人生をみているみたいに思えていた。

別にその時代になにかが思い通りになったわけではないが、街も人々もその光景や流れていた時間が、まるで終わりのない休日だったように思いだされ、そしてそのなかを生きている自分がいた。つまり”私”は自由だった。

だけどもいまこうして再び自由にあなたに語りかけている。繰り返しておくけども、私は”自分”の思い通りにうまくいったことなどなにひとつない。いまだにそうだ。

“だから”こそ、導きのままにいまこうして私は自由にあなたに語りかけている。

 

本当の物語をみつける

ではなにがあなたを導いているのだろう?

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