あなたの関わるすべては「あなた」なのである

あなたの生きている世界は
すべて「ひとつ」の中で起こっている
だから「あなた」が「犬」を見ているとき
実はそこにあなたも犬もいない

「見たこと」を描かれているのだ
その体験をあなたの五感が
「あなたと犬」を浮かび上がらせた

あなたも犬はいない
あるのは「何かがあるという思い」だけだ

聞くこと触れること
いずれも同じである

あなたがグラスを持つとき
それは「触れたこと」がまずある
それが体験だ

体験が先にあり
手やらグラスが現象化する
だからあなたもグラスも実在しない
あるのは漠然とした「何か」だけ

恋い焦がれる相手に
四六時中かけて思い煩うことなんて
馬鹿なまねをしてはならないよ

たとえその人が目の前にいても
誰も実在していないのだから

この理解は水の中で
境界線を引こうとする行為と同じ
どのように区切っても
実はすべて水中なのだということ

あなたのイメージが「こことあそこ」で
区切られていると思い込んでいるだけで
いつも水中なのだよ

では体験とは何だろう?
体験とは宇宙の循環の一部を
切り取ったものだ

以下が真実となる

そこにただひとつの何かがあった
色もカタチもない
漠然とした何かだ

その何かは循環という本質があるだけ
だからただ循環が行われ続けた

その循環の中で我々の知るすべてが発生した
ゆえに知る以上のことを知ることはできない

発生したすべては循環に支配される
カタチあるもの、
カタチないもの、
すべて過ぎていく

なぜ過ぎるのか、なぜ消滅するのか、
それはすべて最初から
そこには「何もない」からだ

なぜ私たちは
「見ること」や「聞くこと」を
体験するのか?

それは避けては通れないのだよ
それが循環の姿だからだ
だから循環に身を委ねなければならない
それ以外になにもできないのだ

あなたがどれだけ高い知恵を
持って解決しようとも
それは循環の中で生まれた知恵だ

水の底で多くの水を汲もうとしている
愚行に過ぎない

そしてあなたが関わるすべてが
別々ではなかったことを悟りなさい
すべて一体の中で起こっている循環作用なのだ

ある循環が起こる
その影響を受けあなたの認識上に
「私と犬」がヴィジョンされる

あなたと犬は別々のもの?
認識として見てみれば
カテゴライズされる

だがその裏側を感じてみなさい
あなたの関わることはすべて
あなたと同じなのだよ

 

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