溶けていく氷のように

新しい現実の実現と
新しい友人ができることは
とてもよく似ている

ある人といつの間にか
友人になっていたように
新しい現実もいつの間にか
そうなっているものだからだ

そこから類推してみよう

進学したときや新しい職場に入って
誰かと親しくなったときのことを
思い出してみる

もちろんここでいう友人とは
気兼ねなく語り合ったり笑いあえる
「親友」のことだ

もしかすると大人になるにつれて
警戒心ばかりが強くなって
しばらく親友など
できていないかもしれないね

それは言いかえてみれば
同じ現実をひたすらループしていることの
表れでもある

いまさら新しい親友なんてできない
いったいどんな面をぶらさげて
友達なんてできるのか

最初のきっかけはいいとしても
付き合いが面倒に感じたりするかもしれないし
うまくやっていける自信もない

そう思うかもしれないが
だが”そう考えていること自体”が
新しい人生の到来を遠ざけているのだ

つまり親友を
いかにして作ろうかと思案するほど
親友はできないことになる

この”微妙な感じ”が重要であり
新しい世界の実現も同じとなる

 

1

学生の頃を振り返ってみよう
またはいま親友がいるなら
その人との馴れ初めを思い出してみる

いったいどうして
その人と親友関係になったのだろう?

「いつの間にか」といえども
何らかのプロセスがあったはずだ

とはいえ頭を働かせた
普通のやり取りをしているだけじゃ
その人は親友にはならなかった

そうなら世界中の人々が
親友となっているわけだからね

その違いはなんだろうか

親友というのは
そもそも何なのかを考えてみれば

格好をつける必要もなく
また損得の意識なく
分け与えられるような関係

ふざけあっても時に喧嘩をしても
少し時間が過ぎれば
まあいっかと許せる相手

要するに意識せずに
いられる関係であるわけだが
つまりそこには「誰もいない」のである

 

2

そこに誰もいないとき
「自分」もいない

なぜなら自分とは
他人であれ物事であれ
それに対立する立場としてのみ
表れている存在であるからだ

物事が順調なとき
とても気楽な感覚でいるだろう

それは幸運にも楽な出来事が
連続しているからではなく
物事に対立した自分エゴが生まれていないからにある

だから逆転させてみれば
対立する自分を滅すれば
あらゆる物事は順調となるし
常に幸運に満ちていることになる

これと同じ原理が親友との関係にある

もちろんその人との出会いはあった

進級して偶然席が隣同士で
消しゴムを借してもらったことから
自然に会話がつながっていった

気がついたら毎日一緒に下校する仲であり
ゲームを対戦したり
食べ物屋めぐりをしてみたり

自分ひとりでいるよりも
その人といるときの方が気楽だった
素直で隠し事のない
“ありのままの本当の姿”が解放されているからだ

しかしどうして
己は親友を得られたのだろうといえば
それは己がその人の親友となったからである

ここが重要であって
つまり親友とは
自他が滅却された合一ゼロのことであり
それは固体化している自分が
自らそこに溶け込んでいく意志によって成される

だが溶けていく氷が
最後にその姿が消え去るとき
もはや氷は自分を認識することはできない

ここに「新しい世界の実現」の鍵があるわけだ

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