奇跡の中に生きる

前回の記事から少し続けよう

あなたがいま動けないのは
動くべきときではないからだよ

無理矢理動こうとするから動けない
指よ動けと念じても動かない
だから苦しい

これは日常でも同じ
行為はあなたが起こしているのではない

関わることになる人々
関わることになる物事や情報
関わることになる天候や時間帯
関わることになるひらめき

すべてのタイミング
その絡み合った中心点が行為だ

あなたがその編み目に立つとき
自然と流れに乗る
つまり勝手に体が動いている
だがマインドはそのタイミングを
はじき出せない

喉が渇けば
水が起こる

動物や人間は
飲むという動きの行為が起こる
植物はもっと崇高だ
待つという行為が起こる

それを祈りという

祈りとは願いを伝えることではない
祈りとはただ待つということ
森羅万象を感じるということ
ゼロに在るということ

雨が降る
湖にいく
水道をひねる

あなたがいま
何かをしなければならないのに
どうしていいかわからないならば
まだタイミングが来ていないのだよ

それはマインドにとって恐怖となる
何かの期日があるならば
その処刑の日を恐れるだろう

だがそれはやってくる
すべては起こる

起こりそのものにあなたが溶けるとき、
あなたが「自分は何なのか」を知るとき、
奇跡は起こる

奇跡とは
自然の法則のことだ

 

雨に濡れる

では動くときとは
どういうときなのか

それは「ふと思い立つとき」だ

マインドを超え
算段もなく
ただなんとなくその動きに乗る

それがタイミングだ
そこに乗りなさい
動き出したら
何も考えてはいけない
動きそのものに
強烈に在りなさい

来るべきときが来たのだ
天から雨が舞い落ちてきたのだ

雨が降ったら濡れたらいい

それ以外に何ができるのだろう?
何をするというのだろう?

マインドが生み出す苦は
あなたを自然の法から遠ざける
神の楽園を遠いものにする

奇跡の中で生きなさい

マインドの予測できないもの
それが奇跡なのだよ

奇跡の中で生きなさい
奇跡があなたなのだ

 

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コメント・質疑応答

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  1. りお より:

    自分さん、いつもありがとうございます

    この手記が投稿された日、5年間連絡を取っていなかった方から手紙が届きました
    ずっと親身になってお世話をしてくださったのですが、色々あって私から拒絶するような形で縁遠くなっていたのです
    最近私の夢をみて手紙を書いたとのことで、読んだ瞬間は私も嬉しくて涙がでました
    昔の私は本当にこの方に頼りっきりだったのです

    スピリチュアルな活動をされている方で、付き合いも長かったため、私はとても影響を受けてきました
    5年前に思い切って離れたわけですが、こうやって手紙が届いてみると、まだまだこの方から離れることの不安や恐怖が心の底で渦巻いているのに気付きました

    最近は幸せな気持ちで、母との関係もとても良好になって
    先日父が救急車で運ばれて入院・手術になりましたが、静かに眺められて無事退院、そんな翌日に届いた手紙でした

    昔の私だったらこの手紙を「天からの(恵みの)雨だ」としていたと思います
    でも今は、この手紙は「天からの(恵みの)雨」なのか?
    それとも私が勝手に天からの雨ということにしようとしているのか?
    などと考えています
    とあることについて返事をくださいと書いてあり、悩んでいます

    「プロフェッショナル」を読みました
    きちんと後始末をしなさいと阿頼耶識から言われているんでしょうか?
    以前の私だったらパニックになっていたかもしれない父のことも静かに眺められるようになったし
    もうこの人からは卒業できるよ、と
    阿頼耶識から言われているんでしょうか

    すいません、自分さんにお聞きすることじゃないですよね
    どうしたらよいのか私も阿頼耶識に尋ねてみたいと思います
    (ONEPOINTさんへお返事されていたのを読みました)
    阿頼耶識から、わかりやすい返事がかえってきたらいいのですが

    • 自分 -涅槃- より:

      りおさん

      すべての物事に力はない
      あなたの話の通り
      あなたが意味を付けている

      意味を付けなければどうなるのか

      それは無だ
      その対象はあなたの世界から消える

      これがどういう話かわかるかね?

      なんでも好きなように
      好みのように意味を付ければ、
      つまりそのように見れば
      いくらでも変容するということだよ

      どんなものでもだ

      惨めさや怒り
      不安や焦り

      そうした感情もすべて
      あなたが意味を付けることにより
      そこに登場する

      問題や悩みも
      その中身に関係なく
      問題や悩みとして
      あなたの世界に登場する

      あなたが対象とできるものは
      すべて意味を付けた結果であるということ
      それを理解しなさい

      さてその悩みとやらに
      意味付けは必要なのかね?

      つまり「これは悩みではない」として
      対応することができるのではないかな

    • りお より:

      自分さん、お返事ありがとうございます

      阿頼耶識にわかりやすい返事をお願いしてみました
      そして、なんとなく久しぶりに他の方のブログをみにいきました
      そちらで〇〇さんという方のブログが紹介されていたので、
      (〇〇さん、という名前が手紙をくれた知人と同じ名前でした)
      そちらに行きましたら、何だかよくわかりませんが凄く盛りあがっていて
      「もう卒業しましょう!」と書いてありました 笑
      わかりやすくて思わず笑ってしまいました

      とはいうものの、正直とても怖いのです
      自分で認めるのもなんですが、私はまだまだ洗脳されている状態みたいです
      その知人からもらった、自分さんが言われるところの「呪いの指輪」的なものがまだ家にあるのですが、
      5年も経っているのに捨てることができないのです
      「それは私を守ってくれるけれども粗末に扱うと悪いことがある」
      バカみたいですよね、でもまだ捨てられないのです

      その手紙の知人とは、私が16歳のときからの長いお付き合いでした
      私は誰よりもその人に心を許していました
      もう、観念で幾重にもグルグル巻きにされているので(その方は私のために色々教えてくださったのだと思っていますが)
      ちゃんと向き合ってほどいていきたいと思います

      >なんでも好きなように
      >好みなように意味をつければ、
      >つまりそのように見れば
      >いくらでも変容するということだよ

      ありがとうございます
      完全に縁を切る必要なんてないんですよね
      私はその知人に感謝しているのでいつか恩返しをしたい
      依存からは卒業して、新しい関係を築けるかもしれないですよね

      洗脳されている、なんて被害者的なことを書いてしまいましたが、
      私もその知人を私の世界の中で縛りつけているのかもしれません
      昔からその知人は神様の御用をされているだけあって、いつも不思議なタイミングで(特に私がピンチの時に)接触をしてくる人、という印象がありました
      その設定がまだ私の中で生きていて、だから父の入院手術退院なんていう妙な時期に私の夢をみて手紙を書いてきたのかもしれません
      でも、これからもそんな感じだと、その知人から連絡がくる度に「何かピンチなことが起きるの?」と身構えないといけないので、
      それはちょっと心臓に悪いので、そろそろほどいて自由になってもらいたいと思います

      意味付けって、結び付けることですよね
      滅茶苦茶に結ばれているものをちゃんとほどいて、
      綺麗に結び直せたらいいんですけど

      「神はムスビで仏はホドケ」
      その知人から教わった意味のわからなかった言葉を、なんとなく思い出しました

      長くなってしまい、申し訳ありません
      私にとって影響の強かった人なだけに手紙ひとつで激しく動揺してしまいました
      この知人に纏わる過去の記憶が私のネガティブの大半を構成しているような気がするので
      ここをスッキリさせればかなり変われるかもしれません
      しっかり見つめて、呪いの指輪を処分できるようになりたいです
      ありがとうございました

  2. M より:

    恋愛サブリミナルにコメントしようと思ったら、りおさんのコメントが参考になりました。
    『あなたがそう見るから見るのだ』
    これが難しかったのです。そう見ないようにする方法が掴めませんでした。
    『なんでも好きなように好みのように意味を付ければ、つまりそのように見ればいくらでも変容するということだよ』
    例えば、話が通じない人がいた。なんでも好きなように見ればいいなら、『話が通じるな』とすれば、通じない人は私の世界から消えて『話が通じるな』が他の誰かか、もしくは通じなかった相手が私の世界で通じる人に変わってた、という感じでしょうか。
    以前今までそんなこと思ってなかった上司に対して『子供っぽい』と不快感が払拭できない時期がいきなりやって来た時がありました。私は自分が《専門外で何も分かってない》から気づけなかったけど、相談した父親の言葉でこの上司も《専門外で実は何も分かってない》んだなと腑に落ちた事がありました。今は何故かあの不快感は何処にもありません。お聞きしたいのは、その時私は『子供っぽい』を『大人だな』に見たかったのですが、《専門外で何も分かってない》がヒットしたようでした。つまり、結果オーライなので良かったのですが、好きなように=『大人だな』と見れば良いというのが、好きなようにはいかなかったのです。
    ここが分かれば、上手く行く時も、上手く行かない時も大して変わりはないと思えそうな気がしたので質問させて頂きました。長くなってすみません。

  3. M より:

    そこを認めればゼロになる、に通じる何かを説明したかったのですが上手く説明できませんでした…

  4. 自分 -涅槃- より:

    >りおさん
    >Mさん

    最も大切なことは
    すべてあなたが「経験していること」
    ということだよ

    あなたの経験は
    私の経験ではない
    近所の誰かの経験でもなければ
    あなたの家族の経験でもない

    経験とはなんだろう?

    それはあなたの世界
    あなただけのもの
    つまり、経験があなた自身なのだ

    ならば、前髪のセットを変えるように
    好きに変えればいい

    すべてあなたの捉え方だけなのだよ

    あなたの悩み事は
    隣の誰かの悩み事ではない

    あなたが「悩み事」として見ているのだ

    隣の誰かの悩み事を聞いてみなさい
    それはあなたのものではないことがわかる

    あなたが色々考えていること
    それは本当に考える必要があるのかね

    あなたがそう見るから
    すべてはその通りに見える

    正しくは

    見えるものは
    あなたが見ているから
    そこにあるのだよ

  5. より:

    奇跡の起こし方のコツみたいなものが確かに有るような気がしますな。
    色々やろうとすることを諦めて、存在することそれ自体に自足した途端に、ポーンと閃いて、いまだやったことがない楽器が突然弾けるようになりました。
    勝手に問題が解決したわけです。
    言わば問題の解決を放棄した途端に勝手に問題が解決してしまった。それも常識的な形ではなく、いきなり翼が生えて五十メートルの崖を飛び越えたみたいなエゴの視点では想像だにしない形で解決です。
    自分さんもこのような奇跡をよく体験しますか?
    フーチパターンで知られた阪大の正木和三さんがゴルフで70過ぎて300ヤード飛ばしたと言う伝説もあながち嘘のことではないと思いました。

    • 自分 -涅槃- より:

      鯤さん

      すべての体験は
      あなたの中で起きている

      つまり空も飛べるし
      世界一の金持ちにもなれる

      そんなわけがない、という
      拒みを捨てれば良いだけのことだよ

      つまり観念を捨てること
      自分の記録を捨てることだ

      眠っているときの夢で
      非現実な光景を浮かべることが
      大人になるにつれて失われていく
      つまり観念が固まってきたということだ

      自分は毎朝4時に起きているとしてみなさい
      嫌でも4時に目が覚めるようになる
      嫌でも22時には眠気に耐えられなくなる

      そういうものだよ

      あなたはあなたの好みの世界を生きるだけだ
      それをしたから
      なにかがこうなってしまう、
      そのように考えている限り
      それはそうなる

      観念というシステムを理解すれば
      打破するのも
      また簡単となる

  6. より:

    もとめてはいけない

  7. より:

    (二重投稿すみません)

    求めてはいけない、されど人生はGO、GO、GO

    これこそが涅槃の書によるスフィンクスの問いであり、ひとつの公案ですな

    • 自分 -涅槃- より:

      繰り返すが、応えることだ

      求めるとは
      あなたの意識が外に向いていることを意味する

      だが応えるとは
      あなたの意識が内に向くのだよ

      つまり
      世界とはあなたの中から生み出されていることを
      悟るのだ

      世界が見させようとしているものを見なさい
      世界が聞かせようとしているものに耳を向けなさい

      無視してはならない
      無視するとは
      光の反対側、つまり闇に向くということだ

      そこは迷いの世界

      あなたは暗闇から抜けなければならない
      方法はひとつ
      内に光を灯すことだ

      すなわち
      求めるのではなく
      応えることだ

  8. より:

    応えると言うのも実感する。
    と言うのも、知人が突然、「鯤さん、この楽器を弾いてみてくださいよ」と言うようなことを話してきたのですよ。
    私が音楽が好きだと言うことをどこで知ったかも不明なのですが、
    何故か、気が付いたら当たり前のように弾いていたのですね。
    と言うのもその楽器はかなり前に挑戦して全然駄目だったので、無理だなと思い込んでいたものでしたが、これは、知人が、この楽器を弾いてみてくださいなどと、私に話しかけてきた時点で、起こりが始まっているわけです。
    そして私はそれに応える形で自然に楽器をひいているわけです。
    以前は、自分で弾こうと、起こりを起こそうとしたわけですが、びくともしない。
    まさにこの辺が夢の構造と似たようなものがあると思います。
    気が付いたら勝手にそうなっていると言う。
    知人が、そんな話をしてきた時点で、別の次元に移行していると言う

    • 自分 -涅槃- より:

      鯤さん

      そう、あなたは世界に応えたのだ
      だが難問を応えたとすれば
      それは求めたのと同じこと

      そうではなく
      ただ自然の起こりに
      あなたは意識を向けた

      それがその経緯の中心部だ
      それを見逃してはならない

      もし同じことが起こったとき
      あなたは要点を見逃すかもしれない

      そこに
      求めか応答か
      どちらがあるのか見極めなさい

      通り過ぎる人々を見つめなさい

      それがひとつの訓練となる

  9. M より:

    昔のタスクに書き連ねたのを見たら
    面倒 言い方ムカつく  同じのが人や物事を変えて2つあった。
    この時、私は面倒と言い方ムカつくを見ていたんだな…今日となっては忘れていた。

    抵抗があったらやめる  もあった。
    抵抗はマインドの仕業 マインドは歯止めしか出来ないから抵抗があったらマインドと見破り、done。物事を良いも悪いもなく、ただ眺め、流してみる。
    抵抗の扱いがなんか分かりそうな感じですが、今日1日見えた光景スマホに貯めて見返してみたのですが

  10. M より:

    また途中で送信してしまいました。すみません。

    片付いた、キレイな机、面倒事が減っていく 山積み 1人
    がやけにありました。
    どうやらそうらしいのですが、確かに何事も片付いてきている。1人に関しては、好きなように見て、2人とかみんなとかをワザワザ見てみると意識が変わるのでしょうか?

    • 自分 -涅槃- より:

      Mさん

      それを信じてみなさい
      あなたが信じることから
      その世界は方向を持つ

      あなたの意識が
      それまでとは別の何かを捉えれば
      世界はその色に染まる

      あなたがスッキリすれば
      あなたの関わっているすべてが
      整然としていく

      すべては心のまま
      それがその世界だよ

      だが多くの人は
      「でもそんなわけがないよね」と
      疑いを持つ

      そうしてまた振り出しに戻る

  11. M より:

    返信ありがとうございます。
    あっさり上手く行く事とワザワザ見ても見ても変化なしの分野があります。エゴが邪魔してるのでしょうか。
    仕事に関しては、たすくま始めてから机も部屋もキレイなままだし、このままだと嫌だけど現状が続きそうだと思っていた仕事がウソみたいに片付いて楽になってきました。好奇心とプライベートを変化させようとたすくま始めたのですが、ご利益は仕事の方に出てます。仕事には何も求めてないからでしょうか。求めないってまず、意識から外す事でしょうか。無理矢理代用品で埋め合わせてる感が後からでます。
    すべては心のまま
    それが世界だよ
    最近実感。振り出しに戻るは人生で繰り返し済みです。実感が半信半疑だったのでしょうね。最近楽しいです。恋する楽しさとは違うけど、スムーズな楽しさ?があります。

    • 自分 -涅槃- より:

      Mさん

      別の方へのコメントにも書いたが
      求めるのではなく
      応えるのだよ

      明日でも自分を注意して見てみなさい
      大半は恐れの中にいる

      マインドは恐れから逃れようとする
      つまり世界のあるがままを受け入れない

      世界とは
      あなたの体験の場だ
      つまり
      「あなたが体験するため」に
      そこにあるのだ

      世界が「これ見て」といえば
      あなたは見てあげなさい

      あなたに対してモジモジしてる人がいるとき
      あなたはどうするだろう?
      「なんでこの人モジモジしてるんだろう」と
      その上での判断を下すかもしれない

      そうではなく
      モジモジしている人を感じてあげなさい

      それが世界のメッセージだ
      つまり
      あなたがあなたに見てもらいたいことなのだよ

      求めるとは
      そこにないもの

      だが応えるとは
      そこにあるものだ

  12. M より:

    応えてあげなさい モジモジしている人がいたら感じてあげなさい
    思い当たります。最近同僚を見て、考え過ぎて全てごちゃごちゃしてる、全て散らかってる と良く思ってました。
    応えてあげなさいとは、この人ごちゃごちゃしてるなと感じてあげるだけで良いのでしょうか?
    私が私にごちゃごちゃしてるを見て欲しくて、私は応えるのは、ごちゃごちゃしてるんだなと感じる事??ごちゃごちゃしてる→手伝おう?自分の意識や身の回りを片付けよう?それとも感じてみたら何か閃いたり気づくという感じでしょうか。質問攻めで申し訳ありません。読み返してみます。

    • 自分 -涅槃- より:

      Mさん

      あなたの思考を挟まずに
      その世界を受け取るということだよ
      方法はいくらでもある
      オススメするのは
      世界に応答するという態度だ
      そのときあなたの意識は
      内側に向く

      そこにすべての扉を開く鍵がある

      すべてはあなただ
      だが人格としてのあなたではない

      それを超えたもの

      それと触れ合いなさい
      右を向かせようとしているなら
      右を向くのだ

      その通りでいい

  13. M より:

    ありがとうございます。
    難しい所がありましたが先ずは考えずに明日やってみます。

  14. ボンベロ より:

    風を聴けば風になれる
    木を観れば枝になれる
    さあ自分を観てみれば…?

    • 自分 -涅槃- より:

      ボンベロさん

      風を聴けば風を聴いている
      木を観れば木を観ている

      自分を観てみれば
      どこにもいない

  15. りお より:

    自分さん、先日はお返事をありがとうございました

    今のMさんとのお話がとても参考になりました
    横なんですが、少し質問を

    世界から同時に色んな要望を受けた場合はどのように応えたらよいのでしょうか
    優先順位などはあるのでしょうか

    私の現状でいいますと、
    一家を支えるくらいの収入を得たい
    が、娘が下校時トラブルに巻き込まれているため、その時間には迎えにいかなければならない
    よって日中のフルタイム勤務はできない、パートでは収入がお安すぎる
    時給のよい深夜勤務に申し込もうとしても、
    病気の父が危ないからと反対してくる

    私にどうしろと 笑
    宇宙は私に宝くじを買えと言っているのでしょうか?(実際、勧められることが増えていますが 笑)

    自分さんは本業のお時間に差障りがありながらも沢山のコメントやメールに応えられているというのに、泣き言を言って申し訳ありません

    • りお より:

      おはようございます

      ちょっと動きがありまして
      父が今日から仕事に行ってしまいました
      昨日のうちに仕事を決めてきたみたいです(私は知らされていませんでした)
      無理しないで欲しいのですが
      私が深夜勤務につくのがそんなにいけないことなのか、と思ってしまいます
      (確かに私は変な人に絡まれやすくて、ずっと心配をかけてきましたが・・・(あ、これは観念なので消します))

      ここは素直に父の愛情を感じておけばいいんでしょうか
      とにかく、私もちょっと考え直してすぐに動きたいと思います
      アキさんへ返答されていたのもとても参考になりました

      自分さん、コメントをされている皆さん、いつも本当にありがとうございます

    • 自分 -涅槃- より:

      りおさん

      あなたが望もうが望まないが
      すべては正しい方向へ進んでいく

      そこにあなたの努力があるかもしれない
      努力が必要ないかもしれない

      どちらにしても
      すべては流れる方向へ
      流れていく

      だから
      自分がやるべきことや
      何か物事が起こったときなど
      深刻にならないことだ

      どうとでもなる
      そういうものだよ

    • 自分 -涅槃- より:

      りおさん

      応える、とは
      あなたが無理をして
      その要望に応えることではないよ

      例えば右を見たら
      右が見える
      それが「応える」だ

      だが人は
      右が見えようとも
      それを見ようとしない

      エゴが邪魔をする
      それをやめることだ

      「私にどうしろと」

      誰もが経験することだ
      ひとつ鍵を渡しておこう

      これまで沢山の問題事があっただろう?
      それらを思い出してみなさい

      この問題は絶対にクリアできない
      どうしよう
      もうお先真っ暗だ

      そう嘆きながら
      あなたはなんだかんだで
      いまそこにいる

      つまり強敵相手に
      勝ち続けてきたわけだ

      問題事とは過ぎてしまえばわかることだが
      ただ「やること」がそこにあっただけなのだ

      問題事とは自己が作り出した思い込みであり
      そこにあるのは
      料理をしていることと何ら変わりはない

      そしてそれらを相手にせずとも
      勝手に世界がどうにかしてくれる

      そういう経験もあるだろう

      信じなさい
      その手を

    • りお より:

      自分さん、お返事ありがとうございます

      >ひとつ鍵を渡しておこう

      あの、これって・・・
      「りおちゃんのことが本命だよ?」ってことでよろしいでしょうか?(違)
      願望って忘れた頃に叶うんですね・・・(違)

      すいません冗談です、失礼しました(笑)

      最近、事の起こりが激しくて
      私が深刻になりすぎていたら危なかったことがありましたが、多分このまま過ぎていきそうです
      アドバイスありがとうございました

      それにしても、毎日40件近くのメールを受けられているとのことで
      これは・・・一度どこかで締め切られて、今後の為にお時間を作られてもいいのでは・・と思ってしまいます
      (それにもともと、メールって事務連絡のみだったような・・・旧ブログにはその記載がありましたが、今はありませんね)

      自分さんにメールしたくなってしまう気持ちは私にもとてもよくわかりますし
      でも自分さんはお一人お一人を大切にされる方なので、このままではキリがないような・・・
      深刻なメールとなると尚更ですよね
      うーん

      と、ここまで書いて何ですが
      誰かに何かを言いたくなるときって、どうやら自分自身に何かを言いたいときのようなので
      私は自分の(自分さんではなく)心配をしたほうがいいみたいです(当たり前ですが)

      出すぎたことを言ってしまい申し訳ありません
      どうかお許しください
      自分さんにあまり負担がかからない形で、多くの方が幸せになられることを願っています

    • 自分 -涅槃- より:

      りおさん

      私は私に向けて書いている

      だから「何を書けばいいのか?」なんてことは
      悩むこともないし
      書いていることが「道」となる

      人は自分がその対象と
      どのように関わっていくか、を基本とする

      だがそうじゃない
      あなたが見えているものがあなたなのだ

      いつも世界は
      あなたに何かを知らせている

      あなたはそのメッセージを受け取り
      それに対応するだけでいい

      世界があなたなのだ

      ありがとう

  16. より:

    自分さんの書き込みを読むと、全てが自分だとすると、エゴにとって外側(他者、環境)が内側で、エゴの内側が外側(闇)なんですね
    世界は私の願いを叶えさせたくてウズウズしているのに、エゴが恐怖に怯えてその起こりを見ようとしない。だから変わらない。代わり映えのしない繰り返しの世界が続いていると。
    個人的な感触では、起こりを起こそうとせずに、生きる事を中心に置いた途端に物事が勝手に解決していったと言う感じがしました。
    我々は生きているので、生きることを中心に置くと言うことは、なにもしなくて良いと言うことでもあり、物凄いお気楽な話で、その瞬間、究極のリラックスに入ります。
    武道で言う最強の境地リラックス
    。エゴが無に溶け込んでしまい、事の起こりを制限する要素がない。
    その瞬間、格闘ゲームなどで言うところの「無双」が発動して、物事が勝手に解決するのかもしれません。

    • 自分 -涅槃- より:

      鯤さん

      私が伝えているのは
      自分自身を含めた世界すべてが
      心の中にあるということだ

      だから内側や外側というのは
      便宜的なものであり
      すべては「ひとつの水中」となる

      人はどうしてもエゴが起こる
      釈迦でもそう

      彼は王族だったから
      悟りの後も
      生きていくための手段として托鉢をした

      彼が音楽家ならば
      音楽を通じただろう

      人生とは観念だ
      観念を捨てるということは
      死を意味する

      釈迦は”あえて”死ななかった
      その必要があったからだ
      だから観念の中に生きた

      大事なのは
      自分はこういう観念を持っている、
      という見破りであり
      それが生の上での悟りとなる

  17. より:

    今日は一日、特に何も起きませんでした。
    でも、生きると言う目的は達しているのでまあいいかな。

    • 自分 -涅槃- より:

      鯤さん

      何も起きないということが
      起きたのだ

      エゴは常にプラスかマイナスを見る
      だが不増不減
      そのプラスマイナスが起こる土俵が
      あなたのすべてなのだよ

      プラスだろうがマイナスだろうが
      あなたが見ているから「起これる」ことなのだ

  18. M より:

    自分さん、今日1日自分を注意深く観察しました。
    私という世界が私に何を向けていたか分かりました。
    最初は目に移ったバラバラの物、連想ゲームのように繋げてみたけど分からずそれでも続けてみたら午後、世界が分かりやすく見せてくれました。
    それは「1人」でした。
    眠いから会議室で1人で10分昼寝。
    みんな外出、ラッキー会社に私1人、久しぶりに会社に1人。またまた別フロアに用がありここでも1人。
    視界に映る物から空間まで広げたら気がつきました。
    私は私に1人になるように仕向けてる
    気がつけたら、私=世界は私に優しいって思えて笑えてきました。
    会社で1人ならラッキー
    重い友人なら1人になりたい
    好きな人が出来ない1人ならエゴが不安を炸裂。
    世界が1人に向かせているなら 1人の方を向けばいい
    私の思考を挟まないで、1人を受け取るだけでいい。確かに世界は私に1人になってとずっと言ってきてました。
    今日のはこれでもかって位簡単に伝えてくれました。と言うか、自分さんに見方を教えて頂いて発見できました。

    今は人が増えて滅多にないけど会社でもみんな外出でずっと1人でした。1人満喫してました。これで給料もらっていいのか?待遇もいいし、まーいっか。開き直ったら不安もない。専門外過ぎて良く見られたいもない。その間に頑張るも努力もやめる事を実践できた。
    プライベートの1人も同じ事だったんですね。じゃー私が言うんだから恋人がいない1人に応えてみよーって思えました。自分さんありがとうございます!

  19. M より:

    鯤さんのコメントの
    世界は私の願いを叶えさせたくてウズウズしているのに、エゴが恐怖に怯えてその起こりを見ようとしない。だから変わらない。代わり映えのしない繰り返しの世界が続いていると。
    も参考になりました。ありがとうございました。

    • 自分 -涅槃- より:

      Mさん

      そうして気が付いていきなさい
      その「1人」が
      あなたの子供の頃も、大人の今も
      ずっと世界を見ているということをね

      あなたが今日感じた「1人」とは
      これまでの「1人でいる」とは違うものだ

      誰といても1人だったとき
      それは孤独な心境などではなく
      意識が内側へ向いていたからだ

      そのまま続けなさい
      早い段階で
      あなたは世界のすべてがなんであるか
      気が付くだろう

  20. より:

    意識の場を重視する現象学みたいなものですかね。

  21. より:

    目標を持たないと、方向付けを失った、海に浮かぶイカダみたいで、これでいいのかなと思ってしまう。今まで、やりたいことやろうと執着してきたのは無駄だったのかな。
    いや、でも、人生で後悔することは減ったと思う。
    でも流れは悪くなった。

    • 自分 -涅槃- より:

      鯤さん

      目的を持つことは
      ドラッグやアルコールと同じ
      いわば、心の不安を沈静させるための道具でしかない

      豊かな人生という地図を持って
      そのコンパス通りに、ただ単純に動けるならば
      それはサマーディだ
      自己管理の法でも伝えている通りだ

      だがあちらはレベル1としているように
      幻想にどっぷり使っている人々のファーストステップとなる

      大切なのは
      いまそこで生きていることを実感し続けることだ

      なぜ見えるのか
      なぜ聞こえるのか

      その奇跡を知ることが
      奇跡なのだよ

  22. より:

    世界に応えるのと、他人や世間の奴隷になるのは、また全然別の話ですよね。
    世間の奴隷なんて見方も観念だとしてもね

    • 自分 -涅槃- より:

      そうだね、取り違えやすい言葉だ
      新しい記事を書いたよ

      ありがとう

  23. りお より:

    自分さん、お返事ありがとうございます

    >あなたが見えているものがあなたなのだ

    私に見えているもの・・・でいいんでしょうか

    1ヶ月ほど前に、とあるブロガーさんを知りました
    以前、突如としてブログを閉鎖され、今年の春からまた再開されている方です(私は旧ブログは読んだことがありません)

    旧ブログを閉鎖した理由を記事にされていたのですが、
    無料で読者の方からのメール相談を受けていたことが原因だったみたいです
    深刻な相談や日常の些細な出来事について、無料であったためか、どんどんエスカレートしてきて、精神的にまいってしまわれたそうです

    その記事を読んで、自分さんのことがなんとなく心配になっていたときに、
    あちらで自分さんから
    「日々のメールの数がとても処理しきれない状態で、本業の時間に響いてきている」
    とお返事を頂いていたことに気付きました
    「えええ、やっぱり自分さんも大変なことになっているの?どうしよう・・・」なんて思いつつも
    「余計な口出しはしないほうがいいのかな」なんて、保身的なエゴが働いてしまい・・・

    でも、「毎日40件」ということを知り、これはさすがにちょっとダメだと思ったわけです

    先ほど、そのブロガーさんの記事をもう一度探して読み直したのですが、
    その記事の題名が「神さまからのメッセージ」でした
    (初めて読んだときは特に意識していなかったみたいで、題名のことは全く記憶に残っていなかったので、ちょっと吃驚です)

    というわけで、このブロガーさんのような前例があるということそのものが、世界からのメッセージであるような気がして、
    自分さんやここをご覧の方に知って頂きたいと思い、今こうして書き込んでいます

    私の中の自分さんは、軽やかに日々の色んなことをこなされているイメージがあるので、要らぬ心配かとも思う反面、
    過去に多大な犠牲を払ってまで他人をお世話されてきたお人好しな方でもあるので、やっぱり心配です

    自分さん、夏休みということで少しお休みされてもいいのでは・・・
    でも、生死の境におられるような方を自分さんが放っておかれるわけもなく・・・
    私だって苦しんでる方々に「自分さんへのメールはご遠慮ください」なんて冷たいこと言えないですし
    そもそも私自身がたくさんコメントにお返事頂いちゃってる身ですし・・・すみません
    それに、これを読まれた方が遠慮されてコメントをひかえられても、なんだか寂しいですし・・・

    私はものを申せる立場ではないので、
    ただ、上記のブロガーさんのような前例があることだけをお伝えしておきます

    長文失礼しました
    自分さん、これへのお返事は不要です
    暑い日が続いております、くれぐれもご自愛くださいませ

    • 自分 -涅槃- より:

      りおさん

      心配は無用だ
      ひとつ理解しておきなさい

      あなたにとって
      私も、そのブロガーの人も
      あなたが投影されている

      それは彼らではない

      いいかい
      すべてあなたを見ているのだよ
      これは方便じゃないよ
      あなたの中の「涅槃の書の人」は
      大変な苦労を背負っているのかもしれないが
      実際はそうではない

      私の知る「私」は確かに
      あなたの話に共通した「やるべきこと」は
      タスクリストに上がっているが
      それは「私」にとっては呼吸とおなじものだ

      何かをやらなければならない、ということを
      私は一切やっていない
      だから心配は無用だよ

      ありがとう

      そう、そのブロガーの人の話が出ているので
      ひとつ伝えておこう

      例えばあなたが何かをはじめようとしたときに
      あなたに反対意見を述べる人
      ケチを付ける人もいるかもしれない

      何かをはじめる話じゃなくてもいい

      あなたに対して色々と言ってくる人、
      お節介や、水を差すようなことをする人
      まあ色々いるとしよう

      覚えておきなさい

      彼らはあなたに言っているのではないのだよ
      彼らは自分の話をしているだけなのだ
      だからあなたは「私が言われている」と思ってはならない

      彼らは「自分の話」をしているだけだ
      あなたに何かを言っているのではない

      これはあなたにとって重要な鍵だ
      よく考えて
      必ず理解をしてみなさい

      あなたから人生の重さが消えるだろう

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