息を止めると思考が止まる

まずは
「何を達成しても必ず失敗する」ということ
それを知ることから始まる

大金を稼いでもあなたは苦悩に陥る
スポーツで1位を獲得しても同じく苦悩だ
ではあなたが見ている
「憧れのあの人の状況」とは一体何だろう?

それは目標を達成するまでの「経過の姿」だよ
つまり「いまに在る」人の姿を見て
あなたは憧れているのだ

金持ち、いいなあ
大会優勝者、いいなあ

あなたが「いいなあ」と思うものはすべて
彼らがその先へ向かう経過点の姿だ
達成してしまった彼らを見てごらん
あなたは決してそのようになりたいとは思わない

今に在るということは
今すぐそこであなたが実行できることだ
だからあなたの思う「憧れの人」にすぐなれる

「今に在る」は様々な手法がある
簡単なやり方なら息を止めるだけでいい
息を止めてみなさい
息が止まっていることを実感するだろう
でも少し意識を広げてみれば
普段と何かが違うことがわかる

息を止めていることに意識が向いているから
思考が働かないのだよ
無論、息を止めながらあれこれ考えることはできる
だがそれはこの記述を読んでいるからだ
命令として突然「息を止めろ」となれば
あなたは止まっている息に意識が向く
その時、あなたは時間も思考も忘れ去っている

当然そのまま息を止め続ければ
あなたの肉体は死ぬ
それも良いかもしれないね
今に在りながら肉体を捨て去れるのだ
だがこの幻想の中で目を覚まさなければ
面白みがないだろう
そのためにそこにいるのだから

息を止めることに意識が向くから思考が止まる
だが思考が止まると書けば
思考は動き出す
さあここが要点だ
「思考は動き出す」
あなたは思考が動いていることを見ているのだよ

つまり身体を意識しておけば
あなたのモヤモヤした思考が単に漂っているだけ
そういうことがわかる
釈迦は呼吸を重視した
身体の動作の何かに意識を向ければ
起こる思考を客観視できるのだ

では

思考を客観視しているあなたとは
一体何者なのか?
あなたは自らをその思考だとしてきた
アイデンティティを自らとしてきた
だがその思考を別の場所から見ている

あなたは本当は誰なのか?
あなたは本当はどこにいるのか?

現実世界では必ず失敗する「思考」
そのすべてを体験している「あなた」とは一体何か?

文章で答えを書くことはできる
だがそれは真実じゃない
真実とはこういう一連の記述を認識している
そのシーンすべてとなる

だからハズレもアタリなのだよ

 


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