「わかり合える」とき

一生懸命やってる姿を知ってほしいだけなのに
そんな自分をわかってもらいだけなのに
誰もわかってくれない

相手はそんな自分の姿ではなく
何をやっているかだけをみて評価する

だがあなたにしてみれば
何をやってるかなんてどうでもいいこと

何をやっているとしても
心折れずに立ち向かっている姿そのものを
知ってほしいからだ

まして相手はそのやっている何かについて
あれこれ批判をしてくる

「あの子のほうがうまくやってるぞ」とか
「お前に足りないのはこういう部分だ」とか

それはたしかにそうかもしれないが
そんなことを言ってほしいんじゃないだね

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