手のひらの広大な世界

あなたが誰か親しいひとの悩みの相談に乗っているとき、人がいかに囚われる生き物であるかを実感することができる。

たとえば恋に悩む友人の話を聞いていると、何度も同じ結論が出ているのに、また同じ悩みを繰り返し続ける。もちろんその恋相手しか見えていないことは明白である。

友人が発案するどのような選択も手段も、すべて恋相手の存在が前提にある。たとえその恋相手から離れようとすることさえも、そのことを反動とした選択しか浮かばない。

つまり何を自由に考えているつもりでも、それは恋相手という容器のなかで泳いでいるだけなのだ。

だからその友人に「あなたは囚われている」と伝えて真に納得させることは難しい。自分は自由に考えて、自由に感情を持っているつもりであるのだからね。

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