雲が雨となり、雨が川となる

物質の循環があるだけで実際には何も消失はしていないことは、宗教や科学でもよく知らされていることだ。

それはつまり「何も新たに生み出されてはいない」ということであり、生死にこだわる私たち人間の見方から言うとすれば、私たちはすでに死んでいるといえる。

 

雲が雨となり、雨が川となる。

確かに雲が死んで雨が生まれ、雨が死んで川が生まれているように見える。そこのテーブルにはコップがあるように見え、妻はドライヤーで髪を乾かしている。

コップを戸棚に移動すれば、テーブルの上のコップは死に、妻も出かければそこにいた存在は消えたことになる。

 

雲が雨となり、雨が川となる。

だがそれらは消えたのかといえば違う。移動したというのは思考の勝手な思い込みだ。妻のいたドレッサーの椅子には、いま別の何かがいる。つまりその何かが妻に姿を変えていたのだ。

 

このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。→ . 会員登録はお済みですか? 会員について

この記事を保存・共有できます。

Notes , , , , , , , , , , , , , , , , , ,

コメント・質疑応答

会員記事のコメントは記事上ではログインしないと表示されません。
会員の方はユーザー名が入ってしまうので別名を希望の方はこちらで申請してください。
連続投稿する場合は「自分の最初のコメントに返信」してください。
記事に無関係なコメントは禁止です。良識の範囲内でご利用ください。
業者からのスパム広告を防止するシステムを採用しています。短期間内に連続投稿をするとシステムにスパム登録されてしまい一切の投稿ができなくなりますのでご注意ください。

  1. tamatama3 より:
    このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。

コメント・質疑応答

  関連記事