生命の流れに再び参加する

生き物は生き物を食べる
ときにそれは残酷な様子にみえたりもするが
毎日の食卓はそれと変わらない

もちろん
勝手気ままに命を奪ってはならないように
人間はルールを定めている

人間は自然の生き物と違って欲深いからだ

すると残酷にみえる自然の動物たちの世界は
欲深さがないゆえ残酷ではなく

むしろ人間がその光景に
自分たちの欲深さを重ねてみるから
残酷にみえているだけなのだとわかる

よく言われるように人間が存在しなければ
生態系は”自然のバランス”のまま保たれ続ける

言いかえれば
強欲と自然は互いに反対側にあるわけで
自然な豊かさや恵みや自然な幸せは
もっと欲しいという欲を捨て去ったときに
自然にそこにみえてくるものとなる

そしてまた本当に残酷なものがよくわかるようになる

たとえば職場に口うるさい上司がいるとして
みんなは彼のことを嫌っているが
その手厳しさは自然のバランスの必要として
現れているのだと気づいたりする

逆にいつもニコニコ明るく振る舞っていて
みんなの中心にいるような人が
ときどき自分の思い通りに周囲を動かそうとする
欲深さがみえてきたりもする

欲にはかならず残酷な素顔があるゆえ
自然の秩序を崩してしまう本性が
そこに見え隠れしているわけだ

もちろん単なるパワハラ上司もいるだろうがね
その本当の顔がみえるということだ

 

さてここで大事な気づきがもうひとつある

自然界の動物たちは
まさに自然という保護者のもとで
自らの生を存分に満たしている

必要なときに食べ物は現れ
つまり命は命のなかで生きている

だから自分はなにもしていないが
不思議と協力者が現れたり
物事がとんとん拍子にうまく流れた経験があるなら
それはあなた個人の人生が順調というより
自然界の調和したバランスがそこに現れていたんだ

協力者や新しい物事との出会いは

全文をお読みいただくにはご入会後にログインしてください。数千本の記事を自由にご覧いただけます。→ . またご入会や入会の詳しい内容はこちらから確認できます→ ご入会はこちらから


Notes , , , , , , ,

コメント・質疑応答

  関連記事

-->