滞在記
あなたの日々がここにある
毎日を過ごすなんて言ったりするけども
「これは私の日々なのだ」と捉えてみれば
ただやり過ごすだけというのは
何か大切なことをしていない気持ちになるだろう
つまりこの毎日は
やり過ごすものではなくて
あなたなりに創っていくものにある
創るといっても
積み上げていくようなものではない
そうではなくて
「自分なりに彩っていく」みたいな感じだね
積み上げていくスタイルだと
たとえば出来事や他人によってそれが破壊されたとき
あなたは居場所を失うからだ
あなたの毎日のなかで
あなたは居場所を失う
楽園を追い出されてしまう
だが日々をあなたなりに彩っているならば
どのような状況がやってきても
それはあなたのキャンバスに収まるだろう
彩りは破壊されることはない
だから失われるものもない
もちろん努力を積み上げたり
成長に励むのはよいことだ
しかしそれらもまた
あなたの彩りのなかに描かれていること
ところで「かぐや姫」みたいに
最後はどこかに帰っていくみたいな寓話が
世界各地で伝承されてきたけども
一般にそういった昔話や神話は
出会った人がいつか去っていくことを
伝えているのだと解釈される
だが実はかぐや姫とはあなたのことであって
出会ったおじいさんやおばあさんとの日々を心に
いつか自分が月へ帰っていく
そのように逆転的に解釈することもできるだろう
つまり大切な人に去られる悲しみではなく
いつか自分が去る側にある
私たちは
「自分のもとから誰かがいなくなる」と考えるが
「自分のほうがみんなの前から消える」という見方は
あまりしない
だが実際の最後はあなたにしろ私にしろ
必ずこちら側が退場する
そしてかぐや姫が最後に悲しんでいるのは
月へ帰ることを単純に喜んでいるわけではなく
地上で過ごした時間に愛着を抱いているからであり
だから「あなた=かぐや姫」の観点でみれば
己はどこか別のところからやって来て
最後はそこへ帰るけども
その途中で出会った人々との時間が
かけがえのないものになるという物語になるんだね
月へ帰ることは決まっているゆえに
じいさんやばあさんと過ごした日々や
季節の移ろい、帝との出会い、
そんな地上の一瞬一瞬が特別なものになる
そして姫が自らの彩りのなかに
地上をみていたと気づいたなら
Notes あなたの正体, いまここ, 人生, 他者, 出会い, 奇跡, 存在, 心, 悟り, 生きる意味
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