愛への祈りの日々
「あなたには愛せるものがありますか?」
そんな問いかけをよく目にするね
それがなぜ大事なのかといえば
不幸な人というのは
愛せるものを見失っているからこそ
不幸だからにある
そして不幸ゆえに
なにかを愛せる気にならないという
ジレンマに陥っている
たとえば他人に支配されているときや
将来の不安に怯えているときなんかそうだね
心は揺るぎないものを見失い
いつまでも振り回されてしまう
そしてここが重要だが
たとえ家族や恋人や大切な趣味など
「愛している」がゆえに
守らなければならないものがあるとしても
そうして外部に振り回されていると
その守らなければならないものがあるがために
心は失望や理不尽、惨めさで陰鬱になり
不幸にはまり続ける
話したように「愛せるもの」を
見失っているからこそ不幸になれば
そうして「愛せるもの」があっても不幸になるわけだ
不幸を解決するのは幸せをつかむことではない
だがそれは
愛がなんであるかをわかっていない
つまりそのような状況になっているのに
「それでも私には愛せるものがあるから」と
心にムチを打っているならば
それは誤ちを犯しているわけで
その”誤った愛”ゆえに
自分もその守るものも
不幸から抜け出すことができない
だからまずは「愛せるもの」によって
人生が不幸になっていることに
気づかなければならないが
間違えてはならないよ
その「愛せるもの」に罪はない
そうではなくて
冒頭の「愛せるものがありますか?」という
問いかけの”意味”から外れてしまっているんだ
つまりここにひとつの逆転がある
不幸な人が幸せになるためには
幸せをみつけようとするのではなく
まず不幸をやめなければならない
ところがそうして不幸をやめるためには
愛せるものを見出す必要がある
もちろん「ん?」となるね
愛せるものがあるから不幸になってると
言ってるのに
しかも愛せるものはもうあるのに
それでもその上にまた
愛せるものを見出せとはどういうことか?
悪魔の誘いか天使の導きか
もう一度冒頭の問いかけに戻ってみよう
「あなたには愛せるものがありますか?」
実はこの質問は
表面的にある矛盾が含まれている
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